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もう叶わない過去の夢

GEASS LOG TOP もう叶わない過去の夢
約6,113字 / 約11分

 嵐の前触れのような薄暗く、湿った空気にルルーシュはそっと息を吐き出した。ゆっくりと目を閉じれば、瞼の裏へと映し出されるのは優しかったあの時の光景。初めにそれを奪ったのは他でもない、あの男だった。
 神聖ブリタニア帝国第九十八代皇帝シャルル・ジ・ブリタニア。この世界の三分の一を統べる大国の皇帝。九年前、奴の非情なまでの振る舞いはルルーシュ全てを否定し、そして絶望という感情を引き出した。《生きてはいない》―――心臓は動いているし、脳波が途絶えてしまった訳でもないのだから生物学的には生きていると証明される筈なのに、吐き捨てられるように告げられたその言葉は言われてみれば確かに的確だった。
 そう、的確だった。だからこそ、その現実に打ちのめされた。親に与えられた生活―――食べ物、住まい、そしてありとあらゆるもの。突き詰めてしまえばこの身体に流れる血の一滴まで両親が存在しなければ生まれるものではなかった。
―――しかし、それは当然ではないだろうかとも頭の隅で思う。人は誰しもがそうであるように交配を繰り返し、現在まで脈々と存在し続けているのだから。
 それでもルルーシュには認められなかった。己が《生きてはいない》などと。
 皇妃であり母であるマリアンヌは九年前にテロリストによって暗殺された。妹のナナリーを抱きしめ、護るようにしてアリエス宮の階段に血まみれで倒れて事切れていた。母親が身を呈して護った同腹の妹はその事件によって両脚の自由を奪われ、更にはその事件が原因となって心と目を閉ざしてしまった。
 遺された妹だけでも護らなければ。それが当時八歳であったルルーシュに課せられた責務だった。あのまま皇宮に留まって居ればまた狙われるかもしれない。そうでなければ都合の良い手駒として使い捨てられるだけだ。そしてまぁ端的にいえば実際に後者が現実のものとなった。
 当時開戦間近であった日本に送られたルルーシュとナナリーはこれもまた簡単にいえば人質だった。ブリタニアに、日本に、利用され、そうして死んだというのはブリタニア本国に住まうルルーシュやナナリーの異母兄弟たちにとっては知れ渡った話で、それが彼等にどういった受け止め方をされたのかは勿論彼等しか知ることはないのだろうけれども、とにかく誰ひとりとしてルルーシュやナナリーを日本から助け出そうとはしなかった。故に幼い兄妹は極東の小さな島国で朽ちたのだ、と誰しもが疑うことはなかった。
 しかし実際のところ“生きたことのない”ルルーシュはこの場所に未だ存在している。勿論骨だけになっているということもなく、心臓は動いているし、呼吸だって決して途絶えてはいない。
 だがルルーシュの妹、ナナリーに関しては異母兄弟たちの目測通りだった―――とはいえ八年という誤差が存在していたが。
「ナナリー」
 大切な、大切な、命を懸けてでも守り抜かねばならなかった存在。何としてでも彼女を幸せにしてやりたかった。けれどももうそれは叶わない過去の夢に過ぎない。
 涙が出ると思った。しかしこの両目は一向に乾いたままで一滴たりとも頬が濡れることはなかった。こんなにも胸が痛むのに、こんなにも哀しみと怒りとそして喪失感に満たされているのに。それでも涙の一雫すら零れそうにもなかった。
 もしかしたら感情が壊れてしまったのかもしれない。わらうことは出来るのに泣くことは出来ない。それは果たして異常なことなのだろうか。それすらも今の自分では判断には事欠ける。
「ナナリー」
 最愛の妹の名をもう一度繰り返す。そうしたとしても彼女が生き返ることは決して有り得ないということは重々理解している。一度止まった心臓が再び動き出すことは確かに稀に有り得ることだけれど、彼女の心臓が停止してから既に二十四時間以上が経過していた。
 アッシュフォード学園敷地内に建てられているクラブハウスの一室には静かに柩が横たえられていた。木彫りのそれは細部まで彫刻が施され、決して最上級とはいえないものの質の良いものだった。
 土の下に埋める時には閉じてしまうだろうその柩の蓋は現在開いており、中に眠る少女を見て取ることが出来る。
「ナナリー……済まなかった……」
 最期の瞬間を共に居られなくて、お前を護ることが出来なくて。
 ゆっくりと、そっと、震える指先を伸ばし、青ざめたその頬へと触れる。たったの一日半前はまだ温かく、柔らかかったその肌は冷たく硬くなりはじめていた。
 ルルーシュにとって今、最も大切なのは彼女の死を何とかして自分の脳に理解し、認めさせることだった。理解と認識はイコールという記号で結ばれるとは限らない。理解しているものは認識しているものであることが大半だが、少なくとも今はまだルルーシュはナナリーの死を認め、受け入れることは出来なかった。
 頭では理解していた。最愛の妹は既にもう死んだのだ、と。しかし今すぐにそれを認めようとすることは出来なかった。それを認めてしまえばナナリーは永遠に死という時間を歩むことになるのだから。
 この幼き少女の命が奪われたのはブリタニア軍とエリア11に於ける最大のテロ組織―――黒の騎士団との戦闘の最中だった。トウキョウ祖界の一角、政庁から程遠くない場所に突如黒の騎士団が攻撃を仕掛けたのが始まりだった。それは事実上の宣戦布告であり、全面戦争に突入した。初めはコーネリアの直属と黒の騎士団の一部との戦いに過ぎなかったそれを一般の人々も巻き込む程の大戦へと戦火を広めたのは第二皇女でありエリア11総督であるコーネリアだった。コーネリア・リ・ブリタニア―――ブリタニア軍にとっては負けを知らない戦場の女神と呼ばれる存在であったが敵からしてみれば魔女と呼びたくなる程に厄介な存在だった。皇女でありながらも軍を率い、戦う姿は美しいものだった。
 政庁が存在するイケブクロも例外ではなく火の海に包まれた。そんな激戦の最中、ブリタニア軍の純血派と名乗る集団の一部が日本人―――彼等が《イレヴン》と呼ぶ人々を殺したのだ。黒の騎士団に参加することもないような穏健で平和を望む人達を。
 その事実に怒りを顕わにしたのは黒の騎士団でも幹部と呼ばれるような主要メンバーだった。彼等のリーダーであるゼロと呼ばれる仮面の男が制止しようともう止めることなど出来なかった―――完全に黒の騎士団は暴走していた。ブリタニア人ならば子供も老人も関係なく殺していった。
 そしてナナリーはその虐殺の最中、突如現れたランスロットと騎士団の戦いに巻き込まれたのだ。
 遺体を回収出来たのはいち早く情報を手に入れたアッシュフォードが力を尽くした結果であり、ルルーシュはその時何も知らずにクラブハウスに向かっているところだった。
「ルルーシュ」
 不意に背後から見知った声が掛けられる。それは哀しみに満ちたものだった。ルルーシュは振り返ろうとはせず、肩を落として静かに横たわるナナリーの姿を見詰めながら、ゆっくりと口を開いた。
「…………お前は何故、軍に居る? ナナリーを、ニッポン人を、傷つける存在なのに」
 暫くの静寂が訪れ、そうして背後に立つ人物がゆっくりとルルーシュへ向かって歩み寄って来るのを空気を通じて感じていた。
「…………ごめん」
 掛けられた言葉は余りに簡単なもので、ルルーシュは眉間に皺を寄せる。
「僕が、殺したも……同然だ」
 ナナリーが死んだ場面をルルーシュは見た訳ではない。暴走した黒の騎士団を止めようとしたカレンが唯一の目撃者だった。勿論彼女は黒の騎士団であることを隠しているから偶然観てしまったのだ、と無理な言い訳をしていたが。
「…………お前は、技術部だろう?」
 幾ら身体能力がずば抜けているといってもブリタニア人から見ればイレヴン。そしてクロヴィス殺害容疑を掛けられていた人物という認識だろう。だから歩兵や良くても技術部というのが精一杯のところだ。
「確かに僕は技術部に所属している。でも、ルルーシュ……僕は君に隠していたんだ」

―――カタリ

 肩が震えた。柩に肘が当たり、軽い音を鳴らす。その言葉の続きは聴きたくない。聴いてしまったら総てを赦せなくなるようなそんな予感に捕われながらルルーシュはゆっくりと振り返った。
「僕は、僕は―――…」

―――ランスロットのデヴァイサーなんだ、ルルーシュ

 デヴァイサー……パーツ……ランスロットを構成する為の必須要素。それがこの……。
「だから、ごめん……ルルー……」
 謝罪の言葉を遮ってルルーシュは目を見開く。
「ッ…………は……ハハハ……やはり、お前が、そうか。ナナリーを殺し、ニッポン人を殺し、そして俺を殺そうとした。それなのに、お前のことを、信じて、俺は……はっ、ははは!」
 馬鹿らしい。この男を信じ、そしてナナリーの騎士になってほしいと願った自分が。
 確かにスザクは何かを隠していると思っていた。しかし本当にその予感が的中するとは。信頼し、そして命を預けても良いと思った相手が敵だったのだ。あの憎き白兜のパイロットが。

―――スザクだったなど……!

「あっ、はハハハ……」
 狂ったように笑い続けるルルーシュにスザクは眉を寄せた。
「―――ルルーシュ、僕は君のことを殺そうとしたことなんて無い。ナナリーのことだって、一度たりも……」
 確かにそうなのだろう。だがしかしスザクは知らないのだ。ルルーシュがどういった意図を篭めてそう告げたのか。
「……はは―――では……」

―――《ゼロ》のことは?

「……ゼロ…………?」
 何故その名前が突然話に上がって来るのだろう、とばかりにスザクはきょとんとした顔でルルーシュを見る。それが何だか可笑しくてルルーシュはクスリと笑みを零した。
「はは、ゼロとはな、俺のことなんだよ、スザク。クロヴィスを殺したのも俺だ。お前を救う為に表に立ったのが仇となるなんてな」
 お陰でナナリーは死んだ。ナナリーとスザクを護る為にゼロとなった筈なのに戦っていた相手はスザクで死んだのはナナリーだった。
「……そん、な…………」
 スザク信じられない、といった面持ちでルルーシュの紫玉の瞳へと視線を上げる。
「嘘、なんかじゃない。俺はゼロだ。ブリタニア軍人であるお前はどうする? 俺を拘束し、お前の上司の元へ引きずり出すか? まぁそんなことをしたところでゼロを捕まえたという手柄はお前ではなくその上司のものにされるだろうがな」
 吐き捨てた言葉はきっと間違いではないだろう。ブリタニアの国是を考えてみればそれは差ほど推測し難いことではない。
「僕、は」
 呆然とするスザクを無視してルルーシュは目を細める。
「だからお前は俺を捕らえて皇帝の前へ引きずり出せば良い。そうしたら俺はこの命と引き換えにしてでもあの男を殺してやるッ!」
 どうやって殺すか、などという疑問は無用だ。スザクは知らなくて良いことなのだ。自分がどんな力ギアスを持ち、どんな風にクロヴィスを殺し、そしてゼロとなったのか。そうして皇帝を殺す方法など関係がない。

―――ただ一言、命じれば良いのだ《死ね》と。

 それを説明したところで何の意味も持たない。
「ル、ルルーシュ……」
「お前は何の為に軍人になったんだ? 友達がテロリストだった、という理由でそのテロリストを野放しにするのか?」
 軍人であるということは仕える国家に忠誠を誓い、それに反逆するものを否定することだ。
「…………俺は元より《生きてなどいない》。だから今更死のうがどうしようがもうどうだって良いんだ。ナナリーがいない今、俺に残る唯一の目的はあの男を殺すことだけ! 母さんを見殺しにし、俺とナナリーを見棄てたあの男をッ!」
 声を荒げればスザクはパッと目を見開いて首を左右に振って否定した。その瞳には薄らと涙が滲んでおり、スザクの感情が嘘ではないということを証明しているようだった。
「ルルーシュ……ッ、僕は、君と共に在りたかった! 八年前に離れ離れになってしまってその後君がどうしているのかずっと心配だったよ。それに……僕が父さんを殺してまで護りたかったのは君なんだッ!」
「……何だって……? 枢木首相は確か責任を取って自害したと……」
 スザクの思わぬ言葉に今度はルルーシュが目を見張った。そんな事実は知らない。スザクが自分達を護る為に父親を殺しただなんて。
 自分とナナリーを護る為にたったの九歳だった少年は父親を殺したというのか。そしてそれを今まで当事者である自分達に言うことも出来ずに心に秘めていた、と。
「ナナリーを殺し、君のことを利用しようとしていたんだ、父さんは。……だ、だから、僕、が」

―――殺したんだ

 スザクは膝を震わせながら地面へと蹲った。父親を殺したという事実が八年間ずっと彼を苦しめ続けた。再会した時に感じた妙な違和感もきっとこの出来事のせいなのだろう。
「スザク……お前は…………」
「僕にとって、本当に、大切なのは……軍やブリタニアなんかじゃない。君とナナリーだ。君とナナリーが安心して暮らせる平和な世界を、僕はッ! だからまさか、あんな……」
 スザクもまさかナナリーがあんなところで巻き込まれるとは思わなかったのだろう。
「……だから僕は、君がゼロだとしても……君を護るよ。僕は君を選ぶ、父親を犠牲にしてまで護りたいと願った君を―――…」
 黒の騎士団は先の戦いにて潰滅した。もうルルーシュには何も残ってはいなかった。スザクという存在だけが異質だった。幼なじみであり親友で、そしてナナリーを殺してしまった男。
「…………スザク」
「…………ルルーシュ」
 ルルーシュはナナリーの横たわる柩を離れゆっくりとスザクの前へ歩み寄った。スザクは近付くその気配に顔だけを上げる。
「……お前が、そう望むのならば」
 そうしてゆっくりと左腕を前に差し出す。指先でスザクの頬へと触れれば彼はそっと瞼を伏せた。
「略式だが、構わないだろう」
「ああ」
 略式であろうが構わない。大切なのは今というこの瞬間に意思を確認し合うということだけ。神や皇帝の前で誓い合うことなど二人の目的の為には無意味なのだから。
 スザクは片膝を立て、ルルーシュの前に跪くと静かに俯いた。それを確認するとルルーシュはゆっくりと口を開く。
「枢木スザク。汝、ここに騎士の誓約を立て、我が騎士として戦うことを願うか」
「イエス、ユア・ハイネス」
「汝、我欲を捨て、大いなる目的のため、剣となり盾となることを望むか」
「イエス、ユア・ハイネス」
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの名の下に汝、枢木スザクを騎士として――――」
 そこで一度言葉を切り、じっとスザクの顔を見詰めた。彼の翠玉の瞳にはもう迷いや誤魔化しは存在していなかった。
「認めよう―――…」
 二人きりで密かに行われた叙任式。どんな盛大な式よりも厳正なものだった。その光景を見ることが出来たのはただ一人、クローゼットの中に潜む魔女だけ。
 騎士は目の前に差し出された白くか細い、その王の手の甲にそっと口づけを落とした。

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