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False Stage2-01

GEASS LOG TOP False Stage2-01
約12,613字 / 約22分

――バタリ……

 重く、ずっしりとした鈍い音が背後で響いた。ゆっくりと振り向き、薄暗いその場所へと目を凝らす。そうすれば何人もの人々が倒れ血を流し、血溜まりを作る光景が視界に飛び込んできた。
 目に入った紅はその暗がりではとても鮮明に映る。苦しげな表情もなく……いや、満足そうな微笑みすら浮かべている彼らの恰好は一様に日本軍の軍服で、見るからに体格の良い男たちだった。
 軍人の死体が積み重なるその場所で戦闘行為があったとは思えない。つい数分前は皆、大人しくその場に捕虜として留まっていた筈の軍人なのだ。武器だって取り上げられていた筈だったのに。
 そして思わず咽び込んでしまいそうな死臭の中、こんな場所は不似合いだとしか思えないような一人の少年が佇んでいた。少年は死んでいる男たちを薄らと口許に笑みを浮かべ冷たい視線をもって見下ろす。その光景はそう……地獄に降り立つ悪魔のよう。
 ああ、どうしてだろう。どうしてこんなことになったのだろう。スザクはそっと溜息を吐き出し、瞼を伏せた。それでも瞼の裏には今の光景が鮮明に焼き込まれたままだった。

* * *

「今回の活躍、見事だったぞ」
 この空間に漂う空気が重苦しいと感じるのはこの空間が余りに華美で、豪奢だからだろうか。それとも目の前の玉座に堂々と腰掛ける男の存在の所為なのだろうか。
 ブリタニア唯一皇帝シャルル・ジ・ブリタニアはそう告げると、目の前に跪き報告をするルルーシュのことを見下ろし、僅かに目を細めた。
 軍服を模したような豪華な皇帝服はそのがっしりとした躯を包み込んでおり、その威厳を更に増長させている。その皇帝座る玉座の向こう側にはこの神聖ブリタニア帝国の象徴である国旗が下げられていた。
 それはウロボロスを模したような獅子と蛇が互いに向き合い輪を為すもので、国の永劫の繁栄を意味するものだった。
 左右に引かれている分厚いカーテンが大きな窓から洩れる光を遮り、暗くなった謁見の間には現在この二人しか存在しなかった。ナイト・オブ・ワンであるビスマルクでさえも席を外すようにと命じられ、静寂に包まれていたこの場所は僅かな音さえも広く反響する。しかしルルーシュはそれを気にすることもなくはっきり、そしてしっかりと言葉を紡いだ。
「ブリタニアから逃れた旧ニッポン兵二百三十四人を抹殺。そして実質的なニッポンの傀儡であるキョウト六家の内の二家当主刑部、公方院を捕らえました」
 ルルーシュは頭を深く下げたまま簡潔に述べる。その言葉を聞いたシャルル・ジ・ブリタニアはニカリと口端を吊り上げて、大げさに笑い声を零した。
「はははっ、良くやりおった。ルルーシュよ……。ニッポンは再び我がブリタニアに叛旗を翻し、そうしてあろうことか中華連邦の支配下に下ろうと企んでおったのは確かだったようだなぁ」
 がはは、と嗤ってみせる皇帝へ目線だけを上げ、ルルーシュは同じく薄らと冷笑する。
 漆黒の皇族服はルルーシュの細い躯を隠し、その表情や立ち振る舞いも相俟って重厚な雰囲気を醸し出す。
「全く愚かなものです。中華連邦と手を組んだところであの国の支配者である天子は一人では何も出来ない幼子。それを良いことに権力と金に腐敗しきった大宦官が実質的には中華連邦を動かしています」
 ルルーシュの冷静な見解に皇帝はうむ、と頷いてみせる。
「その通り。ニッポンは中華連邦に利用される道筋を自ら選んだ。愚かさも極まっておる」
 愚かなものだ、とルルーシュと同じようにニッポンを評するシャルルはルルーシュに報告の先を促すようにしてそのロイヤルパープルを細めてみせる。
「しかし枢木ゲンブ及び藤堂鏡志朗をはじめとした四聖剣と呼ばれる者たちは未だ雲隠れを続けています。一刻も早い討伐を」
 ルルーシュは堂々と進言する。それは更なるニッポン侵攻を意味していた。ニッポン国首相などその時の選挙によって選ばれた一時的な代表に過ぎない。しかしキョウト六家や軍人たちはそうではないのだ。ニッポンの実質的な支配者はキョウト六家であり、枢木もその一部である。それをこのまま放置すれば事態は更に複雑化する可能性とて否めない。中華連邦がこれ以上介入を図ればその影響はニッポン国内だけでは留まらないだろう。次こそ中華連邦とブリタニアとの戦いが勃発する。
「いや、その必要はない。それをすればナイト・オブ・セブンが反撥するであろう。今はまだその時ではない」
「しかしそんなものは……」
 シャルルの言葉にルルーシュは目を瞠り、思わず反論しそうになる。今ならばまだ枢木をはじめとするキョウトの者達を捕らえることが出来る可能性が高いのに、と。しかし皇帝の表情が苦いままだということに気が付き、すぐに口を噤んだ。
「いや、枢木は我が騎士ナイト・オブ・セブンとなったのだ。そしてお前の護衛に、な。――彼奴の力がナイト・オブ・スリーであるヴァインベルグやナイト・オブ・シックスのアールストレイムすら超える可能性があるのはお前も解っておるだろう?」
 確かにスザクという存在は放っておけば脅威となることが確実視されている。高いKMF操作技術は訓練を始める前から持つ天性のもので、KMF開発において天才だと評されるロイド・アスプルンドの開発した新型KMFランスロットを自在に操る様は正に白き死神という呼称が良く似合っていた。しかし実際その本人と直接対面してみると、同い年である筈なのに幾分か幼く見え、そして考えも自分と比べるまでもないくらいに稚拙なものだった。
「ええ、KMF操作技術と驚異的な身体能力については既に把握しております」
 そう、その高いKMF操作技術はその驚異的な身体能力からやって来るところが大きい。機械操作といえどもその原理は人間の筋肉運動によって生じるもので、スイッチを押すだけで操作出来るようなものとは異なる。そういったKMFも無いとは言えないが、一般的に普及はしていない。
「その上、枢木という血は特別であろう? 秘密裏に採取した奴の血液サンプルからは因子に対して特別な陽性反応が出ておる。つまりはお前と同様に〝能力〟に対する適性がある可能性が非常に高い。それが確かならば利用するまでだろうよ」
 〝能力〟に対する適性が高い。それはこの皇宮内において重要視されるものの一つだった。しかし能力に対しての適性が高い者などほんの一握りも存在しない。普通の人間ならばその能力を得られたとしても力に勝てず、呑み込まれてしまうだろう。
「利用出来る者は利用するのが儂らブリタニア。……しかし残念だがお前も枢木も男同士――子を為すことは無論不可能だとしても……解るな?」
 皇帝は口許に浮かべていた笑みを更に深いものへと変化させる。ルルーシュはチラと視線を上げて確認すると同じく薄らと口端を持ち上げた。
「それが陛下のお望みとあれば」

――イエス、ユア・マジェスティ……

 ルルーシュは深く頭を下げてから立ち上がり、踵を返す。謁見の間には皇帝の笑い声が響いていた。真っすぐに長く扉まで続く赤色の絨毯の上を歩み、扉の前に立てば忠実なる皇帝の臣下が左右から扉をギギィと音を立てて開いた。
 パッと入り込んできた外の光に目が眩みルルーシュは目を細めた。謁見の間の窓が全て閉じられ、カーテンが引かれていたのは自分と皇帝が謁見したことやその内容についてを外部へと洩らさない為のものだったことは理解しているから文句を言うことなど出来ないが。
 そうして徐々に扉の向こう側に控えていた三人のナイト・オブ・ラウンズの姿が視界に入る。先日自分がブリタニア軍の総司令官として任命された際、同時に彼ら三人のナイト・オブ・ラウンズを護衛として皇帝から預かることとなった。ナイト・オブ・スリー、ナイト・オブ・シックス、そしてナイト・オブ・セブン。その三名が選ばれ、ルルーシュがアリエス宮から出る時は護衛の任に就く。彼らは一様に十代であり、それはルルーシュの年齢を考慮されて決められたものなのだろう。
 十代で帝国最強の騎士である皇帝の騎士になるのは並大抵のことではない。三人ともそれ相応の実力を持ち、そして周囲からも認められている。だからこそ、この年齢で円卓に席を設けることが出来たのだろう。
 そして優秀であるとされる彼らの中でも特に注目すべきなのはナイト・オブ・セブン枢木スザクだ。異国ニッポンから送られた人質同然の存在。彼は祖国を侵略しようとしたブリタニアに従い、そしてその際の功績を認められナイト・オブ・ラウンズへと選ばれた。見た目は穏やかだが、いざとなると想像以上の力強さを見せるのだという。
 他の騎士たちは高位の爵位を持つ貴族の家から輩出された者が多数だ。ナイト・オブ・スリーであるジノ・ヴァインベルグなど公爵位を持つヴァインベルグ家の四男坊で彼が家を継ぐことは有り得ない。そういった意味では典型的なラウンズといえるだろう。そう考えれば枢木スザクが如何に特異な存在であるということは明らかである。
「行くぞ」
 ルルーシュは三人のラウンズに告げると、彼の住まう離宮であるアリエス宮へと足を向ける。元々は后妃であったマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアへと皇帝が与えた離宮であったが、マリアンヌ亡き今、彼女の息子であるルルーシュのものでだった。
「イエス、ユア・ハイネス」
 三人は皇子の後を追った。スタスタと歩む足取りはついひと月程前に他人、しかも同性に凌辱されて心身共に傷を負った者とは思えない程だった。その上、彼は一週間前にこの三人のラウンズを連れ、たったの四人で日本に残る不穏分子を制圧したばかりだった。それがどういった方法で成されたことなのかスザクもジノもアーニャも知らない。知っているのは皇子であるただ一人だけだった。
「殿下、お聞きしたいことが」
 ジノは先を歩むルルーシュを背後から呼び止めた。すると彼は足をぱたりと止めてスッと無駄のない所作で振り返る。重厚なマントが翻り、チラリと緋色の裏地を覗かせた。
「何だ、ヴァインベルグ」
 ジノの横に立つスザクはルルーシュとジノの表情を交互に覗く。アーニャはその三人を観察するようにじっと見守っていた。
「殿下はどうやってあの草壁たちを制圧されたのですか? 私たちはたったの四人であの地へと向かいました。それなのに気が付けば殿下はもう〝終えた〟と」
「以前説明した通りだ。奴らが怖気づいて自殺した。ただそれだけのこと。全くニッポンを本当に護りたかったのならばもっと早くそうしていれば良いものを」
 冷たく言い放つルルーシュに三人の騎士達は息を呑んだ。確かにニッポンがブリタニアに対して叛旗を翻すことが無ければブリタニアとニッポンの戦いは回避出来ていたのだからその主張は間違ってはいない。政治的判断という見解においてのみの話だろう。そう、今は倫理的問題についての議論をしている訳ではないのだ。
 それでもその発言に真意を確かめずにいられなかったのだろう。
「……殿下、今のご発言は本気で?」
 スザクは眉を顰めてルルーシュの紫紺をまっすぐに見据える。枢木スザクは正義という価値観に拘っているように思える。行動した結果よりもその途中に生じた過程、それを非常に重要視する人間のようだった。それはこのブリタニア軍がナンバーズや異国民に対して過度な矯正教育を施した結果なのかもしれない。ルルーシュは頭の隅でそんな風に考えながら彼のことを見詰め返した。
 必要なのは過程よりも結果。それは間違いない筈だ。幾ら軍規に則って、指揮官に対して忠実に動いたとしてもその指揮官が無能ならば全ての行動が裏目に出る。そんな事態に遭遇したとしても彼らは疑問を持つことを許されず、戦場へ死にに行く。そんなことではこの国は脆弱となってしまう。必要なのは考え、そして結果を残すことだ。譬え幾らか規則に逆らったとしても結果を残せば誰も文句を言うまい。それは逆に言えば必要な結果が残せなければ幾ら任務を忠実にこなそうと努力したとしても意味を成さないということでもある。
「本気でなければ何だと? 冗談か、さもなくば惚気だとでも?」
「いえ。ですがそれが殿下のご本心ですか?」
 おいスザク、とジノが咎めるのを他所にスザクは顔を上げてルルーシュの紫紺へ翠玉の瞳を向けた。
「何を言いたい、枢木」
 ルルーシュは整った柳眉をぐっと寄せる。そうしてその紫紺の瞳を細め、翡翠を見据えた。鋭いその視線は正しく戦場でのそれと同じで、厳しいものだった。
「殿下のお考えが僕には理解出来ません。一体殿下はどうして……」
「……私が何を考え、そして何をしようとしているのかお前に端から端まで全て説明するつもりはない」
 ルルーシュはピシリと告げると靴音を響かせながらスザクの方へと歩み寄る。そして暖かみの全く感じられない鋭い視線で至近距離からスザクを覗き込んだ。二人の身長は殆ど変わらないが、若干ルルーシュの方が目線が高いだろうか。
「しなければならないことをするまでだ……だが教えてやろう。今の言葉は私の本心だ」
 はっきりと断言するルルーシュは感情一つ浮かべることなくまるで無表情だった。整ったその容貌は更に彼の醸し出す雰囲気を冷淡なもののように思わせる。
「そん、な」
 ルルーシュが発言を肯定したことに驚いたのか、スザクは言葉を詰まらせた。
「どうだ。満足したか? とにかく私はこの数日の遠征で疲れが溜まっている。早くアリエス宮へと戻るぞ」
 スザクの反応に満足したルルーシュはそう言うや否や再びマントを翻して身体の向きを反転させると、さっさとアリエス宮へと向かって行ってしまう。
「イエス、ユア・ハイネス」
 ジノもアーニャも顔を見合わせると、すぐにその後へと続く。それから少し遅れてスザクも足早に歩き出した。
 皇宮から続く真っ直ぐな道は石畳によって整えられ、馬車や車も余裕で通ることが出来るくらいに広い。皇宮を中心に十二本に分かれた道はそれぞれ黄道十二宮に則り名付けられた宮殿へと繋がっている。勿論このブリタニア皇宮内にはそれ以外にも様々な宮があるが、もっとも寵愛された十二の后妃にこれらの離宮が与えられたのだと言われている。
 その一つであるアリエス宮を与えられたという事実は言うまでもなく后妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアが皇帝シャルル・ジ・ブリタニアに寵愛されていたということを表していた。ルルーシュはそんな彼女の息子であり、皇帝に気に入られていた筈だった。
 しかしマリアンヌは暗殺され、ルルーシュも一時は身を危ぶまれた。しかしそんな時にルルーシュの身を守ったのは後立てのアッシュフォードではなく、自身の持っているとされる力の存在だった。
 そう、ルルーシュには特別な力があった。それはブリタニア皇族に多く発現する特殊な力だった。ブリタニア皇帝シャルルの息子であるということだけでも充分に素質がある筈だが、ルルーシュはその中でも更に特別だった。そして父王シャルルが言うにはあの枢木スザクも〝素質〟を持っているらしい。
 能力の源は体中を流れる〝血〟にある。それは既に科学的に証明済みであり、確かなものだ。だからこそブリタニア皇族はこうして何百年もの間脈々とその血を途絶えさせることなく生き続けている。他のどんな国でも一つの血が永遠と続くことはない。何度も王の血は途絶え、別の血を持つ者が王と成り代わる。それが普通であり、正常なことである。ブリタニアと同じく王の血を受け継いだEUでさえも戦争、飢餓、病気、后妃の不妊、それらの理由が重なり合い、王の血は幾度となく途絶えている。
 しかし、ブリタニアとニッポンだけは違う。それぞれ途絶えることなく脈々と受け継がれてきた生命は少しずつ薄まってしまったとしてもしっかりと受け継がれている――それは正しく奇跡。そしてそれらの貴重な血が一つになることにより更なる強大な力を得ることが出来るのだという。
 皇帝はそれを望んでいるのだ。何故ならばそれが叶えば自分達の目指す到達点への近道に成り得るのだから。
 パタ、パタ、パタ。大理石の石畳の上を歩く四つの靴音が響く。この回廊はブリタニア皇宮の本宮から真っ直ぐ伸びた道の先にあるアリエス離宮へと続く回廊だった。パルテノン神殿のように太い柱が均等に並べられ、そしてその隙間から太陽の光が燦々と差し込む。柱は真っ直ぐに影を落とし、そうして大理石の敷かれた床にストライプ模様を作る。反対側は壁になっており外界と遮断する役割を果たしている。三メートル程の高さがあるそれは白色の煉瓦と鉄のパイプで作られ、そして外からの侵入を妨げる為の防護措置が施されていた。それは同時に無断でこの場所に住まう者がこの場所を通らずには外に出られないということでもある。つまりこの場所は鳥籠。出なければ安全だが、抜け出せば非常に危険。しかしながら自由というものが存在しない。そんな場所だった。
 それでも構わなかった。自分の目的はそんなことに妨げられるものなどではないし、そもそも本当は出ようと思えばいつでも出ることが出来るのだから。
「お帰りなさいませ、ルルーシュ様」
 深緑色のメイド服を纏った女中の一人がそう言ってルルーシュを出迎える。
 いつもならば護衛の役割は此処で終わりだ。護衛といってもこの離宮を出る時だけの役割であり、離宮内はルルーシュ自身が厳選した召使いしか存在しない。特に私室への立ち入りを許している者は最も信用出来るほんの数人に限られている。もう嘗てのようにこの宮殿内で暗殺事件が起こることもないだろう。
「ヴァインベルグ、アールストレイム。ご苦労だった。お前達はもう下がって良い」
 ルルーシュは二人に労いの言葉を掛けるとスッと振り返り、今度はスザクの顔を見詰めた。いつもならばスザクもジノやアーニャ達とラウンズに与えられたイルバル宮へと戻り、会議や政務をこなすのだが今日は違った。
「イエス、ユア・ハイネス。しかしスザクは?」
 ジノは一体どうしたものか、と訝しげに眉を顰めた。スザクだけがアリエスに取り残される理由が全くもって検討が付かないといったところか。
「枢木には少し話があってな」
「……まさか、護衛をクビとか?」
 ジノはポンと手を叩いて閃いた、とばかりに二人を見る。そうすればアーニャはジノを見上げて目を細めた。
「いくら何でも早すぎ」
 スザクの態度をルルーシュが気に入っていないのは傍から見ても丸分かりだ。もしスザクが護衛の任を降ろされたとしても理解出来ない訳ではない。しかし、皇帝の騎士を借り受ける形で付けられた護衛なのだ。ルルーシュ一人の判断で護衛の任を解任することは出来ないだろう。
 それに周囲が思っている程自分は枢木スザクのことを嫌っている訳ではない。ただ、思うのはなかなか意見の合わない部下だ、という率直な感想だけだ。
「……そうではない。心配するな。枢木、付いて来い」
「イエス、ユア・ハイネス」
 スザクはアリエス宮へと足を踏み入れた。

* * *

 アリエス宮は白羊宮と呼ばれるその名の通り白色を基調とした外装と内装で包まれていた。しかし長い間主が不在であったにも関わらずしっかりと手入れが行き届いている宮殿は塵一つ探すのが困難な程だった。
 一体自分に何の話があるのだろう。ルルーシュはもうあの時のルルーシュとは違う。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであってルルーシュ・ランペルージではないのだ。スザクに向けてはにかむように微笑みを向けてくれる彼はもう居ない。消えて居なくなってしまった。今の彼は冷徹で残忍な感情が無いのかと思うくらいに無感情な人間だった。
 スザクが恋した彼はもう欠片も居ない。同じ顔をしているだけの別人だ。
「来い。私の部屋だ」
 ルルーシュに導かれるままスザクはその後を追う。入り込んだ玄関ホールは天井が吹き抜けとなっており、きらきらとシャンデリアの光が反射していた。床は大理石のタイルとなっており、臙脂色と象牙色の市松模様になっている。
 真っ直ぐに階段へと向かって敷かれた毛足の長い紅いビロードの絨毯の上を歩くと、思ったよりもふかふかとした柔らかさを靴の裏で感じ取ることが出来る。そうしてそのまま曲線を描く階段を何階分か上がり、最上階へと辿り着く。きっとこの最上階にルルーシュの私室があるのだろう。真っ直ぐに見通すことの出来るくらい長い廊下が左右へと広がっていた。ルルーシュはその廊下を左手に進んだ突き当たりにある扉の前で足を止めた。そして両側から形式に則った無駄のない動きで衛兵が扉を開けると、スザクは目を瞠った。
 黒と白が入り交じるモダンな内装に趣味の良い調度品。皇宮のどこまでもクラシカルなそれよりもずっと新しさを感じる部屋だった。それでも物は一つ一つどれをとっても高価なものなのだろう。シンプルでありながらも品の良さを感じさせる部屋にスザクは一歩足を踏み出した。
「何故、自分を殿下のお部屋に?」
 背後からそっとスザクは声を掛けた。そう、スザクが彼の私室に通される理由は見当たらない。以前ならともかく今、現在としては。
「二人きりで話をしたかったからだ」
 思わぬ言葉にスザクは足を止め、それから先に進むことを躊躇してしまう。そんな行動に気が付いているのか居ないのか、ルルーシュも途中で進むのを止めると、マントを軽く翻してスザクの方へと向き直った。
「……それは一体……」
「まぁとにかく座れ」
 スザクは立ち止まったまま洩らす。するとルルーシュは革張りのソファーを指さし、そこへ腰掛けるようにと促した。その前に置かれている硝子のテーブルは縁と脚の部分が金の錆びたような色合いで、柔らかな曲線で優美な模様が刻まれ、複雑な彫刻が浮き出ていた。その上にはクリスタル製の透き通ったチェス盤が置かれており、同じく透明色の駒が配列されていた。見たところゲームの途中のようだったがチェスのルールを殆ど知らなかったのでどちらの色が有利となっているかスザクには全く解らなかった。
 メイドの一人がスザクの背後へと立ち、そのブルーのマントを、もう一人はルルーシュの黒色のマントを、それぞれ受け取り、コート掛けへと掛ける。
「ですが、臣下が殿下と同じ席に座るのは……」
「……硬い、もう少し柔軟になれ。先程言っただろう? 二人きりで話す為にお前を私の部屋まで連れてきた、と。人目が気になるというのならばメイドはすぐに下がらせるから細かいことは気にするな」
「……はあ、解りました。失礼致します」
 そこまで言われてしまえば断ることなど出来ない。スザクは曖昧な返事をしながら言われた通り、ソファーへと腰を下ろした。固そうに見えていたそれは思った以上にふかふかとしており、深く腰掛けないと後側へと倒れ込んでしまいそうだった。
「……ヴァインベルグ、アールストレイムは公爵家の出だ。屋敷はそれなりに立派で抱えている召使いも多い」
 突然の話にスザクはマントをメイドに渡して身軽な格好となったルルーシュの姿を凝視した。胸元にフリルのたっぷり入った白いドレスシャツに黒のスラックス。足元は膝下まで丈のある編み上げのブーツ。こちらも黒の革製だった。銀色の刺繍で装飾されたそれらは統一感があり、洗練されていた。黒い細身のズボンは彼の腰の細いラインを強調させ、何だか倒錯的にも思えてしまう。
 彼は優雅な動作でスザクの向かいのソファーへと腰を下ろすと、先ほど女中が持ってきた紅茶をカップへと注いでいく。ポトポトと音を立てて琥珀色の液体がカップの中へと注がれる。二つの白いティーカップにそれを注ぎ入れると、ソーサーに載せてスザクの前へと差し出した。
「シュナイゼル兄上に頂いた良い茶葉だ。毒も入っていないから安心しろ」
 まるでいつもならば毒が入っているとばかりの言葉にスザクは思わず顔をパッと上げた。するとふわりと紅茶の良い香りが鼻を擽った。
「砂糖はそこに入っている物を使え」
「あ、はい。有り難うございます」
 スザクは示された小さな白い陶器に入っている角砂糖を二つ紅茶の中へと落とす。そうしてティースプーンで軽く混ぜるともう一度ルルーシュへと視線を戻す。
「あの、それでジノとアーニャが何か……」
 本題へと話を戻すと、ルルーシュはティーカップを口元から離し、そのまま上目使いでスザクへと視線を向ける。
「ああ……。ヴァインベルグもアールストレイムも立派な家を持っているから住む場所には困らない。態々イルバル宮に住む必要は全くないからな。だが枢木、お前は違うだろう?」
 確かにスザクはジノやアーニャと異なりペンドラゴンに邸宅を持っている訳ではない。家の一軒や二軒買うことの出来るくらいの給与は受け取っているし、保障はされているが、自分一人が暮らす為だけに態々家を購入しようとは思っていなかった。
 それよりも皇宮内に暮らしていた方が呼び出しの時は楽であるし、それでない時はルルーシュの護衛か特派の実験である。それならばイルバル宮のような皇宮内の施設に暮らしていた方が都合は良い。
「……ええ、確かに僕はイルバル宮以外に暮らすところはありませんが……」
 一体ルルーシュの意図しているところが何なのかいまいち把握出来ないままにスザクはそう答える。イルバル宮はナイト・オブ・ラウンズに与えられた宮殿で、その中には会議室だけではなく、十二人の騎士達が何不自由なく暮らせるように設備が整っていた。イルバル宮に住むことは義務ではないので実際にそこで暮らしている者は少ないが、スザクのように身を置く者も中には存在する。
「そこでお前に提案なのだが、この離宮に住んでみてはどうか?」
「え……!?」
 思わぬルルーシュの提案にスザクは喫驚した。何故そんな風に話が飛躍したのか全く掴めなかった。いや、飛躍したのではない。ルルーシュは初めからこの話をスザクにするつもりだったようだ。でも何故?
「この提案は陛下もご承知の上。私の一存ではない。とはいえ無理してイエスという必要も無いが」
 その言葉や表情には今までのルルーシュらしい気遣いさえ垣間見え、勘違いしてしまいそうになる。学院でのルルーシュが戻って来たのではないか、と。
「しかし、その……殿下は僕のことを良く思ってはいらっしゃらない……でしょう?」
 それでも目の前に座るルルーシュは嘗ての彼ではないのだ、と自分に言い聞かせる意味も篭めて失礼だということは解ってはいたが訊ねずにはいられなかった。
「そう思うか?」
 宝石のような美しい色合いの瞳を窄めて、整った柳眉を寄せる。それは心外だ、と言わんばかりでスザクは言葉を詰まらせた。
「僕は、その」
「……お前は〝特別〟だ」
 そしてルルーシュの口から出た言葉はスザクが全く予想していなかったものだった。
「……特別……ですか?」
 一体何が特別だというのだろう。ナイト・オブ・ラウンズが特別だというのなら解る。しかしジノとアーニャは帰され、自分だけが残された。この離宮にナイト・オブ・ラウンズを住まわせて、宮殿内の護衛もさせたいのならば、彼らの意向を態々聴く必要などない。皇族にはその権利があるのだから。しかしルルーシュの言い方を考えると、どうやらそういった意味ではないらしい。
「お前にはヴァインベルグやアールストレイムには無い力がある。私はそれが欲しい」
 自分には力、がある? それは一体どういう意味なのだろう。KMFを操る腕? それとも剣技だろうか。いや、それならばこのナイト・オブ・ラウンズ内に自分の能力を超えている者は確実に存在している。――今はまだ、ナイト・オブ・ワンビスマルク卿には敵わないという自覚はある。
「一体殿下は何を……僕はただのラウンズで……」
 ただのラウンズ。帝国最強の騎士であるナイト・オブ・ラウンズに対してのその言い方も何だかおかしいものだったが、他に表現しようがない。自分だけしか持たないような特別な力など何も思い当たらないのだから仕方が無い。
「ナイト・オブ・ラウンズにはそれぞれ力がある。KMF操作の腕だけではナイト・オブ・ラウンズには入ることが出来ない。お前がナイト・オブ・ラウンズに入ることの出来たのは陛下がお前の持つ才能に目を付けられたからということも大きいだろう」
「一体僕に、何の才能が?」
 肝心なその内容を言わないルルーシュをスザクは訝しむように見詰めた。
「さぁな。それは自分で見つけてみせろ」
 しかしあっさりと結論は投げ出され、スザクは困り果ててしまう。一体何故ルルーシュはこんな話をするのだろう。何故自分を〝特別〟だというのだろう。
 ルルーシュの話は抽象的で良く分からない。〝力〟というのは一体何を示している?
「……では一つ質問をさせて頂いても?」
 スザクは目の前に置かれていたカップを手に取ると、口を付ける。柔らかく温かい紅茶の香りがふわりと漂う。紅茶には詳しくないが、きっと最上級の茶葉なのだろう。琥珀色は濁ること無く澄んでおり、カップの底に描かれている紫色の薔薇の花がはっきりと見えるくらいだった。
「許可しよう」
 ルルーシュは簡単にそう頷く。スザクは緊張した面持ちのまま目線だけをルルーシュへと固定する。
「殿下はあの時〝力〟を使われましたか?」
 やはりあの時の光景は異常だった。ルルーシュが諭しただけで日本軍人達が自殺するとは思えない。何か理由や原因がある筈だろうと思っていたけれども、もしかしたらそれはルルーシュの云う〝力〟なのかもしれない。
「必要があれば」
 一度言葉を切り、そうしてルルーシュはふわりと笑みを浮かべる。それは余りに整いすぎて恐怖を感じる程だった。
「私は力を使うことを厭わない」
 スザクは背筋が戦慄くのを感じていた。
「殿下は、僕に一体何を……」
「質問は一つではなかったのか?」
 辛うじてスザクが尋ねればそう切り返されてしまい言葉を詰まらせる。紫玉の瞳が薄らと細められ、そうしてルルーシュは覗き込むようにしてスザクへと顔を近付けた。白い肌がすぐ目の前に現れ、あの時のことが脳裏に甦る――学院に居た頃、一度だけ交わした口付けを。
「……殿下…………」
 どきりと高鳴った胸の鼓動に気が付かないふりをしてスザクはルルーシュのことを呼ぶ。以前とは異なる敬称だけの呼び方に、どうにも彼との距離がとてもとても遠ざかってしまったかのように感じさせられた。
「さぁ、住むか? それとも断るか? 断ったからといってラウンズを解任することは無いから心配するな」
 もう一度ルルーシュはスザクに訊ねる。これはスザクにとっての大きな選択だった。ルルーシュはスザクが好きになった彼では無くなってしまった。それでも時折見せる仕草や表情に思い出さずには居られなかった。
「…………殿下が望まれるのならば」
 やっとのことで絞り出した声は少し震えていたかもしれない。それでも何とかイエス、と返事をしてルルーシュの言葉を待った。
「ふむ。では用意をさせよう」
 ルルーシュから告げられた言葉は簡単なもので、スザクはこれから先、どうなってしまうのだろうと先の見えない曇った未来を思案した。

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