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False Stage3-03

GEASS LOG TOP False Stage3-03
約16,746字 / 約30分

「本当に強くなったわ、コーネリア」
「いえ! まだまだマリアンヌ様には遠く及びません。でも本当に嬉しいです」
 コーネリアはロイヤルパープルに塗られた試作機から降り立ち、芝を踏む。そうして既に同じくコバルトカラーの試作機ガニメデから降り、結わいていた髪を解くマリアンヌへと羨望の眼差しを向けた。
 アリエス宮の敷地内である庭では試作機のKMFによる模擬戦が繰り広げられていた。観客はルルーシュ、ナナリー、ユーフェミア、ノネットに数人の護衛官とこの宮殿の使用人たちだった。
 使用人達は皆、マリアンヌがコーネリアと戦うと知り、柱の陰や庭に面した渡り廊下、それから窓の向こう側から二人の戦いを見守っていた。結果はマリアンヌの勝利。とはいってもコーネリアとてそう簡単に負けた訳ではない。
「いいえ、正直何度かひやりとさせられたわ。あなた、筋が良いわね。でもそうね……あと少し左手に力が入りすぎるのを抑えたらもっと良くなると思うの」
 二人の遣り取りを傍目にルルーシュは座っていた即席の特別観賞席から辺りを見渡す。横に座るナナリーはきらきらと目を輝かせて先程までの白熱した戦いに興奮していたし、ユーフェミアは親しい者たちの接戦に二人の無事を祈るように未だに目を瞠っていた。そんな中、すぐ傍の渡り廊下の柱影に一人の少女が佇んでいる姿が目に入った。
 ルルーシュは椅子から降り、そして彼女の方へと近寄る。そうすれば少女はルルーシュが近付いて来たことに気が付き、ハッと顔を上げた。
「……殿下」
 ルビーのような真っ赤な眸に揺れる淡い桜色の髪。歳はナナリーと同じくらいだろうか。臙脂色のワンピースに紅色のエナメルのローファーというめかし込んだ格好は彼女がどういった立場の者かということを表していた。
「君が行儀見習いに来たばかりのアールストレイムの……」
「……アーニャ」
 アーニャ・アールストレイム。アールストレイム公爵家の一人娘だ。彼女は父である公爵よりこのアリエス宮へと行儀見習いとして遣わされた。后妃や皇女の側近として何れ様々な仕事を任されるようになることが期待されていた。
「アーニャか。良い名前だね。僕はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。どうぞよろしく」
 手を差し出せば、彼女は一瞬躊躇ってからその手を掴んだ。桜色の髪は紅いベルベットのリボンで結ばれており、やわらかく風に靡く。深紅の眸がルルーシュの顔を映し出し、そしてその向こうにはマリアンヌが映っていた。
「君も母上とコーネリア姉上のKMF戦に興味が?」
「はい。それにKMF自体にも興味がある」
「乗ってみたいの?」
「……いつか」
「ナナリーは今すぐ乗りたいと言って駄々をこねているよ。KMFに乗るのは未だ早いと言ってもね」
 クスリ、と笑みを零せばようやくアーニャはその硬かった表情を緩めた。
「マリアンヌ様はみんなの憧れ」
「そうだね。僕も尊敬しているよ。きっと僕ではあんな風にはなれないだろうけれど」
「……そんなこと、ない」
「ううん、良いんだ。僕はKMFに乗るよりも本を読むことの方が好きだしね。君はきっと何れKMFに乗るようになると思うよ。ナナリーがコーネリア姉上のように戦場へ出向くことになればナナリー付の女官はその背後を護ることになるだろうから」
 そう、アーニャはナナリーに仕える女官となることが決定している。皇族は一人騎士を持つことが出来るが、騎士を持たなかったとしても多くの側近がその身を固める。
 きっとナナリーも母マリアンヌや異母姉コーネリアのように戦場に立つことになる。自分はそういった方向に進みたいとは思わないが、異母兄シュナイゼルのように指揮官として軍事に携わりたいとは思っている。
 ルルーシュはアーニャと会話しながらも、未だにそわそわとした気持ちを抱いていた。ギアスという力をC.C.から与えられてからというもののその力は一度たりとも使ったことがなかった。いや、使い方すら解らずに途方に暮れていたという方が正しいだろう。あの力を得た時のような激しい目の痛みもないし、心に直接語りかけるような声も聞こえない。
 本当に自分には〝力〟があるのだろうか。そんな疑いすら抱きつつあった。あれは父やC.C.と呼ばれる少女の冗談だったのではないだろうか、と。
 ふと目線を上げると遠くに父である皇帝の姿も見えた。やはり母は皇帝からとても愛されている存在なのだなと傍目に再確認しつつ、彼らの意図は何れ解るだろうと自分に言い聞かせた。彼らの言う通り、何れ……。
 それから午後は皆で揃ってお茶会をしようということになり、揃って紅茶を愉しんだ。そうしている内にいつの間にか日が傾き掛けていた。
 公務で忙しい筈の皇帝がこの平日の昼間に皆と過ごすことはとても珍しいことだった。皇帝は本宮殿に戻る前、楽しそうにニコニコと微笑んでいたユーフェミアを呼んだ。少し話があるのだ、と彼は云い、コーネリアもそれを承諾する。きっと自分達姉妹へのアドバイスでもあるのだろう、とでも思ったのだろう。
「私も少し陛下にお話があるからユフィが戻って来たら客間で少し待ってなさい」
 カーテンの隙間からはオレンジ色と紫色が混ざり合ったような黄昏時の日の光が差し込んでいた。ぼんやりと照らすその光は淡く、昼間の明るさを夜の闇へと導くようだった。そんな淡い色の中、マリアンヌはドレスの裾を翻し、子供達へとそう告げた。
「解りました、マリアンヌ様」
 一番年長のコーネリアが返答し、ルルーシュとナナリーも揃って頷いた。それは別段珍しいことでもなく、マリアンヌとシャルルの仲を考えると普段通りのことだった。
「ルルーシュ、ユフィが戻るまでチェスでもしようか。シュナイゼル兄様に聞いたぞ。お前は手強いとな」
 コーネリアは腰をかがめてルルーシュを覗き込む。KMFでの実戦だけではなく、指揮官としての能力を高める為にコーネリアはシュナイゼルに挑むこともしばしばあった。しかしコーネリアがシュナイゼルに勝てたことは一度も無い。
「お兄様とコゥ姉様のチェス、私も見たいです」
 ナナリーはその珍しい対決に興味を持ったのか二人のことを見上げてニコリと笑みを浮かべた。
「いえ、シュナイゼル兄上にはまだ一勝も出来ていませんよ、姉上」
「そうだとしてもシュナイゼル兄様にそこまで言われるとあれば実力はかなりのものだと思うぞ。さぁ、私の相手をしろ。ルルーシュ」
 半ば強制的な言葉だったがルルーシュは素直に頷いた。チェスゲームは読書以上に好きだったから。
「解りました。全力でお相手させていただきます」
 メイドにチェスボードを用意させ、客間のソファに腰掛ける。そうして駒を手に取った。
 コツリと音を立てて二人はそれぞれ駒を進めていく。ルルーシュはいつも黒い駒を使っていた。はっきりとした理由は無いが、何となく自分に白色が似合わない気がしたからだ。
「やはり、手強いな。兄上が云うだけある」
 ナイトの駒を進めながらコーネリアは口角を上げる。
「いえ、僕はまだまだで……」

――パァンッ! ドドッ!

 言い掛けたその時だった。突然大きな音が響いたのは。
 何発もの弾が連射されたような銃声が重なり合って響き渡る。これはテロか、それとも暗殺者がこの宮殿内に入り込んだとでもいうのだろうか。
「な、何だ!?」
 コーネリアはバッと立ち上がり、様子を伺う。すぐに音は止み、そして今度は辺りに静寂だけが残った。一体何があったのだろう。ルルーシュもナナリーもビクりと躯を縮めて辺りを見回すが、この部屋の外で何があったのかを此処で判断することは出来なかった。
「私が確かめてこよう」
 コーネリアは額に汗を浮かべながらそう告げてルルーシュとナナリーの方を振り返る。
「……僕も行きます、姉上」
 一人出ていこうとするコーネリアをルルーシュは差し止めた。先程の凄まじい音は明らかに銃声だった。外には母やユーフェミアが居たはずだ。もし二人に何か大変なことがあったのならそれは一刻を争うことだ。
「……よし、付いて来い」
 彼女は一瞬幼い弟を連れて行くことに戸惑ったのだろう。それでもルルーシュの真剣な表情にコーネリアは自分に付いてくるようにと告げた。
 コーネリアに連れられ、音を立てないよう慎重に廊下へと出る。長く続くそこは静まりかえっており、人の気配すら感じられない。いつもならば衛兵が立ち、警備に当たっている筈なのに誰も居ないとは一体どういうことだろう。
 音を立てないように敷かれた紅い絨毯の上をゆっくりと進む。前を行くコーネリアへと視線を上げれば彼女は振り返って口持ちに指先を当てた。静かに、という意味を表すその仕草にルルーシュは軽く首を縦に振る。まだ何があったのか明らかになっていない現状では全ての行動を慎重に行わなければならない。
 もし、これがテロや暗殺を狙ったものだとするならば、そのターゲットは自分達ヴィ家の者だろう。庶民出であるのに后妃にまで上り詰めたマリアンヌは民衆に人気があるが、それと同時に敵も多かった。
 先程の銃声はそれらの犯人を捕らえた時の者だろうか。そうだとすれば真っ先にこちらに連絡が来る筈である。しかしそれも来ない。この奇妙な静けさが逆に不安を煽る。どうして誰も自分達の元へやってこないのだろう。どうして先程の音の原因を説明しに来てくれないのだろう。
 階段を下り、半円を描くような踊り場を抜け、二階へと進む。そうして広間へと続く中央階段へと辿り付いた時、目の前に飛び込んで来た光景に二人の表情が変わった。
「マリアンヌ様ッ!」
「母様!?」
 階下に倒れ込んでいるマリアンヌの姿がそこにはあった。彼女のドレスは真っ赤な血で染め上げられ、ぐったりとした様子だった。
 踊り場の木製の手摺りに掴まってルルーシュは身を乗り出した。やはりそこに横たわっているのが母であるマリアンヌだということをはっきりと確認すると、目前の光景が信じられないまますぐにその横の階段を駆け下りた。
 二人は倒れているマリアンヌに駆け寄った。ルルーシュは両腕でしがみつくように母の躯を抱きしめる。その後ろで二人を包み込むようにコーネリアが寄り添いマリアンヌの様子を覗き込んだ。
 何で、何で、どうして母様が? そんな風に理由を考えるよりも今は母の命を助けることの方が大切だった。
 まだ息はある。彼女は二人が自分の傍に来たことに気が付き、苦しげに目を開け、口を開いた。
「……ゴホッ、コゥ……犯人は、外に……逃げたわ……ッ」
 コーネリアに犯人の逃げた方向を指し示す。しかし、コーネリアは額に汗を浮かべたままその場から動こうとしない。今はマリアンヌを傷付けた犯人のことよりもマリアンヌを助けることの方を優先させたいのだろう。
「で、ですが、早く医者に……診て貰わねば……」
 一刻を争う事態なのだ、とコーネリアは言うが、マリアンヌは首を左右に振って否定した。
「駄目、よ……もう、助からな、い……わ。だから……」
 そう、本当はひと目見て解っていた。マリアンヌは助からない。胸部近くには何発もの銃弾を浴びたであろう痕が残っており、そこからはおびただしい量の血が溢れていた。口からも血が流れ出ており、苦しげに咽せる様子から肺も損傷していることは明らかだった。今から幾ら医者を呼びに行ったとしてももう手遅れだろう。
 しかしルルーシュもコーネリアもその事実を認めることは出来なかった。その事実を受け入れ、そして次に繋げようとしていたのはルルーシュでもコーネリアでもなく死に瀕しているマリアンヌ本人だった。
「さぁ、早く……ッ、ゴホッ……、行って頂戴……ッ」
 マリアンヌに更に促され、コーネリアはようやく頷いた。
「ッ、解りました。ルルーシュ、お前はマリアンヌ様を!」
「…………ッ、はいッ」
 そうしてコーネリアは勢いよく立ち上がり、服を血に濡らしたまま走り出した。ルルーシュはそんな彼女を一瞥すると、マリアンヌの躯を抱きしめる。涙は自然に溢れてきた。止めどもなく、静かに。
「母様……っう……」
「っぁ、ルルーシュ……ッ」
 力を振り絞り、彼女は泣きつくルルーシュを両腕で引き寄せる。血の匂いが充満するが、それでも母は温かかった。
「母様ッ、死なないで……! お願い……ッ」
 お願いだから死なないで、と何度も繰り返し懇願する。神という存在が本当にどこかにいるのだとしたらきっとどんな代償を払ってでも母を助けて欲しいと願っていただろう。強くて、優しくて、時に厳しい。そんな母がこんなことになるなど信じられなかった。元皇帝の騎士でこの国で最強な存在の筈なのに。
「母様……ッ、んう、し、死なないで……っ」
 溢れる涙を拭うこと無く、何度も何度もそう繰り返す。マリアンヌの優しい手が、ルルーシュの髪を撫でた。
「愛……して……いるわ、ルルー……シュ」
「ッ、僕も、愛していますッ。母様、母様、マリアンヌ母様……ッ」
 マリアンヌはふわりと女神のような笑みを浮かべルルーシュの言葉を受け止めるように眸を閉じた。そうして何度か苦しげに咳をすると口からは血が吐き出された。
 そうしてそれが止むと穏やかに息を止めた。それはただ眠っているように思えて、その内すぐに目を覚ますのではないかと錯覚するほど静かなものだった。しかし、その身体は弾痕と血に塗れており、彼女が二度と目覚めることが無いのだとルルーシュに言い聞かせているようだった。
「…………ぁ、……かあ……さま……?」
 静かになった彼女の躯を揺さぶり、何度も呼びかける。もう目を開けることはないと知っているのにそうせずにはいられなかった。
「ぅ……あ……ッアアアアアアッ!」
 悲鳴のような泣き声は遠くまで木霊し、反響した。

「……あ……あぁ……」
 暫く茫然としていたルルーシュだったが、ようやくハッと我に返り、辺りを見渡す。すると、扉の向こうにぼんやりと人影が浮かび上がった。
 段々と近付いて来る影にルルーシュはじっと動くことも出来ずに母の亡骸に身を寄せていた。
 コーネリアが戻って来たのだろうか。それとも母を殺した人物が再びこの場所へと戻ってきたというのだろうか。
 近寄る人影が段々とはっきりしてきたところでその姿が誰のものであるか気が付き、息を呑んだ。
「ユ、フィ……?」
 ルルーシュは縋るような思いでユーフェミアの名を呼んだ。誰でも良いから助けて欲しかった。
「良かった。君は無事だったんだね……」
 彼女ももしかしたらこの殺戮の現場に居合わせたのかもしれないと思っていたが、どうやらそうではないらしい。至って無事な姿にルルーシュは少しだけ安堵した。
「……ねぇ、マリアンヌ様は……死んだの?」
 桃色の髪を揺らしながら彼女は訊ねる。その口許には僅かだが笑みが浮かんでいるようにも見える。
 どうしてだろう。ザワザワと厭な感じが背筋を駆ける。どうしてマリアンヌが死んだのに彼女はそんなに笑顔なのだろう。此処にはマリアンヌの死体が横たわり、血なまぐさい匂いが充満している。それなのにユーフェミアはそんなことをちっとも気にしていなかった。この異様な状況にルルーシュも警戒を強めた。
「……殺されたんだ。何者かに」
 涙を拭いながら告げる。母の温もりに包まれているにも関わらず心は冷え切っていた。もう母は戻ってこない。そして異母妹は様子がおかしい。恐怖と、そして絶望が自分の感情や思考を支配していた。
 そんなことすらお構いなしにユーフェミアは今度こそはっきりと微笑んだ。それはまるで天使のような愛らしい微笑みだった。
「そうでしたか。では、ルルーシュ……」

――あなたも死んでくれませんか?

「……え?」
 ルルーシュが顔を上げるとユーフェミアは後に回していた手を前へと差し出した。今まで広がるスカートに隠れていて気が付かなかったが、その手に握られているのは幼い手にはまだ随分と大きなサブマシンガンだった。
「まさか……君が……母様を……?」
 ユーフェミアはその質問に答えなかった。しかし答えは明白だ。ルルーシュは一歩ずつ近寄ってくるユーフェミアからどうにかして逃げなければと立ち上がった。
「ルルーシュ、逃げては駄目よ。私はあなたを殺さなくちゃいけないの」
 そう断言する彼女の声は普段の彼女からは想像出来ないくらい至極落ち着いていた。
「ッ、一体どうしたんだ! ユフィ……!」
「マリアンヌ様はお父様を独り占めにしようとしていたわ。それでお母様はいつもいつも泣いていた。そんなの耐えられないわ。だから……」

――あなたたちが生きていると邪魔なの

「――ッ、そんな」
 つい先程まで仲良く一緒に遊んでいた筈なのに。ユーフェミアの言葉が信じられなかった。表では自分達を憎んでいた欠片すら見せず、心の中では自分達を殺したいと願っていたというのだろうか。
「だから死んでください、ルルーシュ」
 銃口を向けられ、ルルーシュは出来る限り急いですぐ近くの柱影へと身を潜ませた。大理石で出来ているそれならば頑丈で、何とか銃弾を避けることが出来るだろう。
 それでもこちらは丸腰だ。武器など勿論所持している訳がない。衛兵達は一体何処に消えてしまったのだろう。何故此処には他に誰も居ない……?
「……誰か、助けて!」
 大声を上げて叫んだところで誰からの返事もない。何度助けを求めても誰も現れることすらない。絶望的な状況にルルーシュは必死に思考を働かせる。どうすれば良いだろうか。ルルーシュは柱影からユーフェミアの様子を伺った。
 彼女はマリアンヌの遺体の傍からこちらの方をじっと見詰めていた。菫色の淡い眸が細められ、銃を持ったままにこやかにこちらへ視線を向けていた。その様子は余りに不気味でルルーシュは躯に戦慄が走るのを覚えた。
「……ルルーシュ、これはかくれんぼかしら?」
 その問いに返事をしないでいると、彼女はそうなのね、と勝手に納得したのかふわりと裾の広がったドレスを翻し、ゆっくりとこちらへ近付いて来る。
 どうすればこの状況を打開出来る? コーネリアが戻って来てくれればユーフェミアを止めてくれるかもしれない。しかし、そうタイミング良く彼女が助けに来てくれるとは思えなかった。
(一か八か……やるしかない……のか?)
 もうこのままでは彼女に掴まってしまう。そうなる前に何とかこの場所から逃げ果せなくては。
 息を呑み、そうしてタイミングを見計らう。冷や汗が背中を伝って気持ちが悪い。それでもやらなければならなかった。
「ッ!」
「あ、ルルーシュ!」
 彼女が僅かに余所見をした瞬間、ルルーシュは柱の影から全速力で駆け出した。早くどこか別の場所へと隠れなければ、あのひらけた空間ではすぐに捕まってしまうことが目に見えていた。
 必死だった。全力で廊下を駆け抜ける。そしてユーフェミアはその後を追う。彼女が近寄ってくるその足音はすぐ傍へと迫る死神を連想させた。
(僕は未だ……死にたくない……ッ)
 そう、母であるマリアンヌが死んだ今、自分にはナナリーがいる。ナナリーを護ることが出来るのはきっと自分だけだ。皇宮内では様々な陰謀が渦巻き、きっとこの状況とてその一環なのだろう。もし自分の身に何かあればナナリーはその後どうなる? 体の良い取引材料として他国に売られる可能性とて有り得ないとは言い切れない。そうなれば命すら危ぶまれる。だからこそ未だ死ぬことは出来ない。
「くッ……はぁ……ッ」
 息が切れる。足が重たい。それでも走らなければ殺される。ルルーシュは廊下の角を曲がり、更に続く長い廊下を駆け抜ける。その間に他の誰かとすれ違うことは一度も無かった。まるで此処に住まう全ての者達が一人残らず連れ去られてしまったのかと思う程人気が感じられなかった。
 あと少し行けば裏口があるキッチンへと辿り付く。そこから出て扉へ錠を掛けてしまえば逃げ切ることが出来るだろう。しかし宮殿内にはナナリーを取り残したままとなってしまう。幸い先程ナナリーと過ごしていた部屋とキッチンは距離があるから裏口から出たらすぐにナナリーの元へと向かわなければならない。
 急げ、急げとルルーシュは息を切らせながら前へと進む。少し先に上の階へと続く階段があり、そのすぐ向こうがキッチンだ。
「ルルーシュ」
 しかしユーフェミアの声は予想よりもすぐ近くで響いた。そして耳許で彼女の声が聞こえたその直後、自分の意思とは無関係に突然躯が傾いた。視界が揺れる。
「あ…………」

――捕まえた

 ニコリと微笑まれ、腕を彼女に掴まれていたことに気が付く。もう、駄目だ。此処で躯にたくさんの穴を開けられ、母と同じように死ぬのだ。
「死んでください、ルルーシュ」
 今度こそ、逃げ場は無かった。壁際に追い詰められ、左右にしか逃げる道は無い。しかし目の前にはユーフェミアが銃口をこちらへ向けて微笑んでいる。万が一逃げるタイミングを見つけたとしてもキッチンへの扉に辿り付くことは出来ないだろう。逃げるとすればその手前の階段を上るしかない。
(母様、僕もすぐにそちらへ向かうことになりそうです)
 死後の世界など果たして本当に存在するのだろうか。もし、実在するのならば母はそこで自分のことを待っていてくれているだろうか。自分が死んだらナナリーはどうなってしまうのだろう。もしかしたら政治の道具にされる以前にユーフェミアによって同じように殺されてしまうかもしれない。
 そんなことが頭を過ぎりながらもルルーシュは目の前の淡い紫色の眸をじっと見詰めた。
「…………あら? どうやって使うのかしら?」
 ユーフェミアはきょとんとした表情で自らの持つ銃を見下ろした。どうやら銃の使い方がいまいち解っていないらしい。安全装置が作動したままで銃弾は発射されなかったようだ。
「ッ!」
 彼女の気が自分から逸れているタイミングを見計らい、ルルーシュは右手に存在する上の階へと続く階段を一気に駆け上がった。
「待ちなさい! ルルーシュッ!」

――ドドドッ

 今度こそ銃が乱射されるような轟音が階下から響き渡った。どうやら安全装置が外れたらしい。――今度こそ捕まれば終わりだ。
 何とかして階上に到着すると、廊下を走る。真っ直ぐに続く廊下には隠れる場所は殆ど無い。だからこそ早く何処かの部屋に逃げなければ。左手にマリアンヌの私室へと繋がるドアを見つけ、ルルーシュはその扉のロックを解除しようとタッチパネルを操作する。しかし焦っているせいか思うように開かない。急がなければユーフェミアが来てしまうというのに。
(早く、早く、早くッ!)
 ピ、ピ、ピと音を立て、そのロックがようやく開くと、ルルーシュは急いで躯を滑り込ませる。そうしてその扉を閉めようとした時、それを阻止するように腕が扉の間に挟み込まれた。
「――ユフィ……ッ……」
 ドアの隙間からは柔らかな菫色の眸が覗く。そして白く細い腕がドアをゆっくりと押し戻した。
 ルルーシュはそちらを向いたまま、ゆっくりと後退する。横に寝室へ繋がる扉は見えるが、その先は行き止まりだ。逃げたところで最早無意味だろう。今度こそ逃げられない。
「案外逃げ足が速いのね」
 ルルーシュは一歩ずつ背後へと後退していく。ユーフェミアはそれと同じようなペースでルルーシュを追い詰めていく。ああ、もう逃げ道は何処にもない。
 チラリと背後へと振り返ればそこには小さな窓があった。しかし、飛び降りれば間違いなく大怪我は免れられない程の高さだ。二階とはいえ宮殿の二階は随分な高さとなる。そして窓の下は石畳が広がっている。草木が生い茂っているならばまだどうにかなったかもしれないが十メートルの高さから石畳の上へ落ちたらユーフェミアに撃たれるまでもなく命を落とす可能性が高かった。
「……僕を殺して、ナナリーも殺すつもりかい?」
 完全に逃げ場はない。もう、醜く取り乱したり、恐怖に身を戦慄かせることも無かった。マリアンヌを殺したユーフェミアが今更自分を殺すのに躊躇するとは思えない。もう〝死〟は免れない。それならいっそのこと潔くその死を受け入れるしかないのだろう。それが皇族としての誇りだった。
「ええ、すぐにマリアンヌ様のところへ連れて行ってあげるから心配は要らないわ」
「……わかったよ、僕はもう逃げない。君がそんなに僕達を恨んでいたなんて知らなかった。いや、知らなかったじゃ済まないんだね。僕らは無意識に君を傷付けていたんだから。でも僕は……君のことが好きだったよ。君はそうじゃなかったかもしれないけれども僕は素直で優しい君のことが好きだった」
 だからもう後悔はしない。この死を受け入れるしかない。だけれども……ほんの少しでも良いから信じてほしかった。自分達がどれほど彼女を愛していたのか。譬え半分しか血が繋がっていなかったとしても彼女は大切な妹だから。
 ルルーシュはゆっくりとその眸を閉じた。瞼の裏には様々な思い出が映し出される。母やナナリーとの優しい思い出、威厳のある父を前に緊張した時のこと。それからユーフェミアと共に過ごした穏やかな時間。それら全てが大切な思い出だった。
 決して長い人生とは言えない。それでも充分に此処まで幸せにやってこれた。ナナリーのことが心配で仕方が無いけれどももう自分にはどうしようも出来ないことだった。
(僕は……死を受け入れる。皇子が死を恐れたり醜く取り乱すことなど許されない……)
 ルルーシュは目を閉じたままユーフェミアの行動を待った。カサリと布地が擦れる音と金属が触れ合う音によって銃口が自分の方へと向いたことを音だけで感じ取っていた。撃たれたらどれくらいの衝撃を感じるだろう。死ぬまでの苦しみは一体どれくらい耐え難いものなのだろう。そんな思考を振り払いルルーシュはただただ無心であろうとした。

――お前はそれで良いのか?

 不意に少女のような声が頭へと響いた。これはC.C.の声だ。直接頭へと語りかけるような強い声。
「な…………」
 突然の出来事にルルーシュは言葉を詰まらせる。どうしてこんな時に彼女の声が聞こえる? この絶望的な状況下で一体何のつもりだというのだろうか。

――本当に死んで良いのか? ナナリーを護るのはお前しかいないのだぞ?

 ナナリーを護ることが出来るのはそう、確かに自分だけだった。マリアンヌが死んだ今、皇帝の愛情がナナリーへと向けられるかは判断出来ない。いや、弱者は不要だという考えを持つあの皇帝が母を亡くした皇女を護り立てるようなことは考えにくい。
 改めて問われれば言葉に詰まってしまう。死を受け入れようとして、受け入れたつもりでいたけれども、やはり心の底では死にたくないと叫び続けていたのだから。皇族としての誇りを保とうと懸命だった。しかし本心は生きたいと繰り返している。
「…………死にたく、ない」
 何とか言葉を絞り出し、ルルーシュは彼女の声へと意識を集中させる。まるで時間が止まってしまったかのようなこの感覚はギアスの能力を得た時と酷似していた。

――ならば力を使え。お前に与えただろう? 王の力を

 C.C.の声が途切れた直後、ギアスを得た時と同じように左目がぐっと熱くなった。
「う……ぁ……」
 焼けるような熱さにルルーシュは思わず左眼を庇いながら躯をふらつかせ、壁へと寄りかかる。
「ルルーシュ?」
 苦しげに呻くルルーシュにユーフェミアは首を傾げて覗き込む。じわじわと痛みが引いていく中、そうしてルルーシュが目を開けると、彼女と視線が交わった。
「……ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる……」

――死ね

 その言葉は自然と口から洩れた。特に意識することなく、きっと自らの防衛機能が働いたのだろう。無意識にその言葉を選んでいた。
 ユーフェミアの柔らかい紫色の眸は紅く縁取られ、ルルーシュのことを真っ直ぐに見詰めていた。
「ええ、解ったわ」
 一瞬の間を置いてから彼女はにこやかな表情を崩さないまま、ルルーシュへと向けていた銃口を自らの胸部へと向け、宛がった。そして躊躇うことなくその引き金を引いた。

――ガ、ガガガガガッ!

 激しい音と共に銃弾が連射される。そうして小さな彼女の躯を幾つもの鉛の弾丸が貫き、または体内へと撃ち込まれた。その細く華奢な次第に肢体は紅く染まっていった。
 ユーフェミアはルルーシュの前で〝自殺〟した。しかしこれはルルーシュが彼女に〝命じて〟やらせたことだった。これがギアスの力。ルルーシュの持つ絶対遵守の力だった。
 銃声が止むと彼女の躯がぐらりと傾き、地面へと倒れ込む。それら全てを見届けてからルルーシュは我に返ったようにようやく目を大きく見開いた。
「ユ、ユフィッ!」
 急いで彼女に駆け寄るが、すでに彼女の意識は無く、呼吸も心音も止まっていた。即死だったのだろう。
「あ…………あぁ…………僕、は……」

――ユーフェミアを殺してしまった

 ピクリとも動くことのない異母妹の姿にルルーシュは茫然と佇んでいた。直接手を下していないとはいえ、ユーフェミアが死んだ原因はまさに自分だった。自分が彼女に死を命じたのだから。
 確かに自分も彼女に命を狙われてはいたが、それが彼女を殺して良い理由になるとは思えなかった。そう、正当防衛が人を殺して良いという理由になるとは言い切れない。その上相手は自分よりも皇位継承順位が高い第三皇女だ。
「ユフィ……。何でこんな……ことに?」
 何でこんなことになってしまったのだろう。母が殺され、ユーフェミアを殺してしまった。ほんの数時間前では全くもって考えられなかった事態にルルーシュは困惑する。
 大好きだった異母妹に殺され掛け、逆に彼女を殺してしまった。これが一体どんな意味を示している? 一国の皇子と皇女が殺し合ったという事実。それはこの先何をもたらす?
 ルルーシュは茫然としたまま床の上に倒れているユーフェミアを見下ろした。横たわったままぴくりと動くこともない彼女の躯からはおびただしい量の血が溢れ出ていた。
 そうしてどれくらいの間そこに立ち竦んでいただろうか。時間の感覚がなくなってしまうくらい衝撃的な出来事であったことは間違いない。それでもいつまでもこの場所でこうしている訳にもいかず助けを求めるべきだとようやく目線を上げた。
 すると目の前に人の影が映し出される。それが大人のものであるということに気付き、ルルーシュが助けを求めようと口を開こうとしたその時だった。
「…………ルルーシュ」
 部屋の入り口に立っていたのは顔色を変えたコーネリアだった。彼女は目の前の光景にぼんやりと立ち尽くしていた。それはそうだろう。当事者である自分自身でさえ先程起きた出来事を理解出来ずにいたのだから。
「…………コーネリア、姉上」
 ルルーシュが彼女の名を呼べば、ハッとしたようにコーネリアはユーフェミアとルルーシュの姿を見比べた。そしてすぐにユーフェミアの元へと駈け寄り、彼女の小さな躯を抱きしめた。
「ユフィ、何故……ユフィ……! ユーフェミアッ!」
 コーネリアは悲愴な表情を浮かべて何度も彼女の名を叫んだ。その様子をルルーシュはただ見ていることしか出来なかった。ユーフェミアが死んだ理由を話すべきだろうか。しかし話をしたところで自分の説明を信じて貰えるだろうか。
 ひとしきりに泣き叫んだコーネリアは静かに息を整えるとゆっくりと口を開く。
「…………これは、どういうこと、だ?」
途切れ途切れに発音されたのはこの事態を説明しろという言葉だった。その声色は恐ろしく静かで、そして冷たい響きだった。ルルーシュはそんな異母姉の様子に恐怖を感じざるを得なかった。
「何故、ユーフェミアが、こんなことになった?」
「それは…………」
 コーネリアの冷徹な声にルルーシュは背を戦慄かせた。コーネリアにとってユーフェミアはもっとも大切な宝だった。彼女の為にこの国を平和にしたいと思っているくらいにコーネリアはユーフェミアを溺愛していた。その彼女を自分は殺した。
「それは?」
 鸚鵡返しに問われ、ルルーシュは息を呑む。真実を話せば解って貰えるだろうか。
「……マリアンヌ母様を殺したのはユフィだったんです。そしてユフィは僕やナナリーを殺そうとしました。彼女は姉上達のお母君がマリアンヌ母様を妬んでいたから……そう話していました。僕が止めてもユフィは……僕に銃を向けてきて……それで、僕は逃げて……それでも、ユフィは僕を撃とうとして……」

――そうしてギアスを使った結果、ユーフェミアは死んでしまった

「…………では、お前がユフィを殺した、のか?」
 コーネリアはユーフェミアの亡骸を抱きしめたままグッと刺すような視線でルルーシュのことを睨み付けた。憎しみの籠もったその視線にルルーシュは思わず一歩後退った。
 コーネリアは良い異母姉だった。確かに厳しいことを云うこともあったが、それは優しさからくる反面だということを知っていた。同腹の妹であるユーフェミアをとても大切にしていたけれども自分やナナリーのこともまた同じように良く扱ってくれた。そんな彼女だからこそ、ルルーシュは彼女の前では正直でありたかった。
「…………結果的には、そうなるのでしょう……」
 ギアスという力を使ってユーフェミアを自殺に追い込んだ。それはつまりルルーシュが彼女を殺したも同然だ。確かに否定しようもない事実だった。
「――馬鹿なッ! ユフィがそんな残虐なことをする訳がないだろうッ! 母上は私たちがマリアンヌ様のところへ遊びにいくことを許可してくれていたし、お前の云うように別の后妃を妬むような卑しい方ではないッ!」
 バッと立ち上がり詰め寄られ、勢いよく襟首を掴まれる。
「――ひッ!」
 突然のことにルルーシュは小さく悲鳴を上げた。コーネリアの表情は憎悪に染まっており、ルルーシュはただ怯えるしか出来なかった。
「お前がユフィを殺した。お前がッ! マリアンヌ様の息子であるからこそ母親違いであっても受け入れようとしたというのにッ!」
 こんな奴がマリアンヌ様の子供だなんて! コーネリアは怒鳴りつけるとルルーシュを掴んでいた手を離し、床へとたたきつけるように突き飛ばした。
「ッう……! あね、うえ……」
 床に背を打ち付けられ、ルルーシュはくぐもった声でそう発しながら顔を上げた。それでもコーネリアは構うことなく低い声で言い放った。
「お前に姉上と呼ばれるなど……おぞましい。私とお前は姉弟などではないッ!」
 コーネリアは懐へと右手を忍ばせると、小型の銃を取り出し、ルルーシュへと向けた。銃口を向けられ、ルルーシュはハッと息を詰める。
「死んで償え、ルルーシュ」
 ゆっくりと発音されたその言葉はルルーシュの耳に重く響き渡る。
「あ…………っ……」
 今度こそ、自分は死ぬのだなとそう思った。そしてきっとこれは受け入れなければならないことだったのだ。自分が生きたいと願ったからこそユーフェミアは死に、コーネリアを哀しませてしまった。
 ユーフェミアを殺してしまった今、もう自分は立派な殺人者だと思う。そしてそれは償わなければならない罪。彼女の姉であるコーネリアによって断罪されるのならば決してそれは無駄ではない。
 まるでスローモーションのようなゆっくりとした時間の中、ルルーシュは銃弾が自分の躯を貫くのを待った。それはとてつもなく長い時間のように思えたが、実際のところはほんの一瞬の出来事だったのかもしれない。

――パァンッ!

 辺りに銃声が木霊する。そうして来る激痛を待った。
 すぐにこの薄い胸元に銃弾がめり込み、母やユーフェミアと同じように多くの血を流して死ぬのだろう。そんな風に考えながら静かに目を閉じる。
 しかし幾ら待っても痛みを感じることはなかった。それよりも前から何かがこちらへと倒れ込んで来たことに気が付き、それを支えようとするが間に合わず、一緒になって倒れ込んでしまう。
「うっ…………」
 先程確かに自分はコーネリアに撃たれた筈なのにどうして痛みすら感じない? 士官学校に通う彼女がこんな至近距離で的を外す筈が無いのに。
 突如自分の上へのし掛かっている存在の正体を確かめようとようやく眸を開けた。薄暗い光の中。まず真っ先に目に入ってきたのは茫然とするコーネリアの姿だった。
「え…………?」
 言葉にならない音を発したのは一体どちらだっただろうか。ルルーシュだけでなく、コーネリアすら戸惑っている様子だった。
 ルルーシュの躯の上に倒れ込んだものの正体――それは妹のナナリーの幼い躯だった。
「……ナナリー…………!?」
 ルルーシュは目の前で何が起きたのか理解するよりも先に彼女の躯を抱きしめていた。その小さな躯には無数の銃弾痕が残っており、じわじわと真っ赤な血が溢れ出していた。
「お兄……様……」
 自分のことを呼んだ彼女は苦しげにしていたが、ルルーシュが彼女の顔を覗き込むとふわりと笑って見せた。その表情にルルーシュは胸を押しつぶされるような苦しさを覚え、掠れた声で瀕死の妹に尋ねた。
「僕を、庇った……のかい?」
 その疑問に彼女は答えなかった。その代わり震える腕を持ち上げ、ルルーシュの頬へ静かに触れた。
「お兄様は……死んでは……だめ……。だって……わたしの…………」
 頬に触れる彼女の手を両手で包み、ルルーシュは溢れる涙を拭うことも出来なかった。
「ナナリーッッ!」
 ルルーシュを見上げるその目は段々と虚ろになり、光を失っていき、ガラス玉のようにその焦点をなくしていく。
「……愛して、います……おにい……さ、ま……」
 コーネリアは寄り添う二人の姿を見下ろしながら、一歩後退した。まるで、何かを恐れるように。
「わ、私は……そんな、ナナリーを……」
 そんな異母姉をルルーシュは睨み付ける。精一杯の憎しみを篭めて。
「…………姉上、あなたは……ナナリーを、ナナリーを…………ッ」

――ナナリーを撃った

 今はまだ苦しげな表情を浮かべてルルーシュの腕の中に居るが、このままでは何れその命の灯も消えてしまうだろう。もう自分に残されたのはナナリーだけだったのに、それなのに。
「――ナナリーを撃つつもりは無かったッ……!」
 コーネリアはそう弁解するが、ルルーシュはもうナナリーのことしか頭にはなかった。大切な大切なナナリー。何としてでも護らなければならなかった存在。
 それを彼女は一発の銃弾によって奪おうとした。いや、現在進行形で奪っている。ナナリーの撃たれた箇所は死を避けることの出来ない位置だった。今、彼女が意識を保っていられるのは奇跡だとしか思えない、普通ならば即死であっても当たり前の場所。
 そんな致命的な位置を撃ったのは事故だったのかもしれない。彼女はナナリーではなく自分のことを撃つつもりだったのだから。それでも頭に上った血は引く気配を見せなかった。
「姉上は、ナナリーをッ、ナナリーを――撃った! 僕がユフィに命じたのは自分を彼女から護る為だった、でもナナリーは何もしていないッ! それなのにッ!」
「ッ、ルルーシュ!」
 コーネリアへと詰め寄るルルーシュに彼女も気をおかしくしたように銃を向ける。
「ッ、理由など関係ないッ、ユフィを殺したのはお前だろうッ! ルルーシュッ!」
 再び銃口を向けられ、ルルーシュは左眼にぐっと力を篭める。今度は迷わなかった。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる……」

――死ねッ

 ルルーシュの右目は今、真っ赤に染まっていた。ギアスという名の王の力。それは本当に必要な時には裏切ることなく現れる。もう使い方に悩むことも無かった。
「ああ、お前の云う通りにしよう」
 コーネリアは告げるとその拳銃を自らの米神へと宛がった。そして躊躇うことなく引き金を引いた。
 
――パァァン!

 銃声が鳴り響いた。それから一歩遅れてバタリ、と彼女の躯が倒れる音がした。
 気が付けばそこにはコーネリアが倒れ、事切れていた。自分は今何をした? 無意識にギアスを使ってしまったのだろうか。そうしてコーネリアを殺した?
 判っている。自分はコーネリアにもギアスを掛けて殺してしまった。
「僕は…………」
 ストン、と地面に両膝を付き、蹲る。すると背後から微かな声が聞こえた。
「おにい…………さま……ど、こ?」
 自分を呼ぶか細い声にルルーシュはバッと勢いよく振り向き、すぐさま駈け寄る。
「ナナリー……ッ、僕は此処だよ! 駄目だ。死んじゃ駄目だ! すぐにきっと医者が来るから!」
 そう言い聞かせながらも彼女の胸からは血が止めどなく溢れてくる。彼女の両手をしっかりと握り、僕は此処にいるから、と何度も何度も繰り返す。
「お兄様……どう、か……お兄様だけ……で、も…………」
 もうその眸はルルーシュを映すこともなく、ただ弱々しくルルーシュの手を握り返すそれだけが彼女の温かさを伝えてくる。
「……ナナリーッ!」
 何度も、彼女の名前を叫び続ける。それは部屋全体に響き渡り、途切れることなく反響する。
「死ぬな、死ぬな、生きろ! ナナリーッ!」
 何度も、何度もルルーシュは繰り返す。しかしもう二度と彼女からの返事は返って来なかった。
「うわぁぁァッッ――……」
 ルルーシュは言葉にならない悲鳴を上げた。

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