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False Stage1-02

GEASS LOG TOP False Stage1-02
約9,520字 / 約17分

 学生と軍人の二重生活。それはもう大変だ。朝、起きて自主的に校舎のルミエール寮の周囲を走り、シャワーを浴び、着替えて寮の食堂へと向かう。長テーブルへと各自席へ着き、次々と運ばれてくる料理を平らげる。それから教科書とノートがたっぷりと詰まった鞄を持って学院へ。その後授業を受けて、時には授業の途中を抜け出して特派へと向かう。そして実験に付き合わされたり、実戦に参加することもある。
 その間スザクはロイドやセシルといった軍関係者以外殆ど誰とも口を利かない。いや、利いてもらえないというのが正しい。スザクはどう見てもブリタニア人から見れば異国人の容貌をしており、純血派的な考えを持つ者が多いこの学院や軍ではどうしても浮いた存在となってしまうのだ。
 仕方がない。仕方がないが、やはり少し寂しく感じるのはどうしようもない。せめて寄宿舎が二人部屋だったら一人は友達を作ることも出来たかもしれないが、宛がわれたのは一人用にしてはだだっ広すぎる部屋だった。
「それでねぇ、この前の話、覚えてるかな?」
 ロイドが眼鏡の奥の瞳をキラリと輝かせたようにスザクには見えた。
「えっと、何でしたっけ?」
 ロイドが最近スザクにした話とは一体何だったか。スザクは思い出そうとするが全く思い当たらない。軍人と学生の二重生活で頭まで疲れ切ってしまっているのだろうか。いや、体力的には何ら問題はないからきっと精神的な疲れなのだろう。ここ最近は特にいろいろな変化があり過ぎた。
「厭だなぁ! もう忘れちゃったのかい? シュナイゼル殿下だよ。一ヶ月後に時間が取れそうだってさ。おめでとう!」

――これでもっと開発費を増やしてもらえるよ!

 充分に開発費を使っているような気もするが、ロイドにはまだまだまだまだ足りないらしい。
「一体今度は何を開発しているんですか?」
 スザクはこの質問をしたことをすぐに後悔することになる。ロイドはニヤリと笑みを浮かべた。
「フロートシステム。陸上専用なランスロットをいずれ空中で戦えるようにね。既に一部は実用化していてシュナイゼル殿下の乗る航空母艦にも搭載予定だけれど、やっぱり僕はこのランスロットに付けたいと思っているからね。それにセシル君が開発中のエナジーウィングを……」
 駄目だ、このコースは話し始めたら一時間は止まらない。
「あ、わ、分かりました。とにかくシュナイゼル殿下がこちらにいらっしゃるんですね!」
 慌ててスザクは話を纏める。研究者に研究について聴いてはならない。それはスザクが軍に入り、そしてランスロットのデヴァイサーになってから知ったことだ。
「ま、そういうことだね!」
 話を打ち切られ少々不服そうな上官は僅かに眉をひそめながら同調した。
「ああーそれにしてもペンドラゴンに来て指揮系統がシュナイゼル殿下に戻ったお陰でたっくさん出動出来てデータ取り放題! やっぱり持つべきものは殿下だよねぇー!」
 特派はいつも騒がしい。けれどもスザクはそれが嫌いではなかった。確かに上司は少し……いや、かなり変わった人だけれどもいつもスザクを温かく迎えてくれる。きっとこの場所が自分の〝帰る場所〟なのだろう。特派はそんな風に思える場所だった。
「ということで、今日は特に出動要請も無いみたいだから五時間連続耐久テストってことで! 幸い僕は君の通うコルチェスターに顔が利きますしねぇ。門限の一つや二つどうとでも出来ます!」
 つまり夜中まで今日は自室には戻れないらしかった。スザクは苦笑を浮かべながらも頷く。
「は、はい」
「僕がコルチェスターに居た頃なんて殿下が監督生でねぇ。というか何でウラノスの離宮に住んでいる人がルミエールの監督生をやっているのか自体が意味分からない感じだったけれど、逆らう人たちを鞭でバシバシ叩いていたよね……はぁ」
「そ……そうなんですか……?」
 そんな風に回想するロイドにスザクはシュナイゼルという皇子が一体どんな人物なのか益々分からなくなる。彼は現在この国の優れた宰相として名を馳せており、更にこのスザク達の所属する特別派遣嚮導技術部――通称特派を管轄する存在でもある。その彼が鞭をバシバシと……。
 スザクは頭を左右に振って浮かび上がりそうになっていた妄想を振り払った。彼はスザクの上司の上司であるのだからつまりはスザクにとっても上司である。そしてその上皇族であるのだ。例え一度も会ったことが無かったとしても失礼な想像をするべき相手ではない。
「よろしく頼むよ、君はこのランスロットに選ばれしデヴァイサーなんだから!」
 そんな風に頼りにされるのもこの場所だけだから嬉しくなる。
「イエス、マイ・ロード!」
 スザクは元気良く返答してからパイロットスーツに着替える為に更衣室へと向かった。

 随分と帰りが遅くなってしまったがロイドの実験は彼の宣言通り深夜十二時まで続いた。実験の内容は単純だ。ひたすらにコンピュータシステムの作り出す仮想敵軍と対戦する。そしてランスロットのデヴァイサーにどの程度の負担が掛かるか、またランスロット自体にどれくらい耐久性があるのかをモニターする。
 幾ら相手がコンピュータとはいえ、連続しての戦闘には少々疲労を感じる。日々向上する技術にKMFは更なる進化を模索する。それにどの程度機械に対して人間が付いていけるのか、というのが今後の研究課題なのだという。既に第七世代KMFランスロットですらデヴァイサーを選ぶような状態である。今後第八世代、第九世代、と進化していった時、どれくらいの人間がその機械の進化に付いていけるのだろう。
 そんなことを疑問に思いながらスザクは帰宅する為にルミエールの寮を目指し、学校の敷地内を歩いていた。
 ルミエールでの生活は一人暮らしや軍の寮生活とは随分と異なる。朝起きる時間は自由だが、食事をする時間は決められており、寮生皆で一つの長テーブルを囲う。門限は決められていない。自主自立の精神だ、と学校は謳っているが、貴族の学生たちに校則などそもそも通用しないのは確かだった。
 スザクはトボトボと校門から真っ直ぐに伸びる道を歩いていた。両サイドは植え込みがあり、色鮮やかな花々が咲いている。その間を通ればふわりと花の甘い香りが漂う。
暫く歩けば突然ガサリと草むらから物音が聞こえ、スザクは一度足を止めてそちらの方を凝視した。
 緑色に色付く葉がカサリカサリと音を立てて揺れた。そしてそれは段々とこちらへ近付いてくるように感じられる。
 スザクが音のする辺りをじっと見詰めていると、ついにスザクのすぐ手前の草が揺れた。――近い。
――ニャア
 聞こえてきたのは猫の愛らしい鳴き声で、ガサリと音を立てて茂みの間から顔を覗かせた。スザクはその姿を確認するとそちらへゆっくりと近寄る。
「君は此処の敷地に住んでいるのかい?」
 黒ぶちの猫はニャア、と再度鳴いた。何だか質問に答えてくれたようで嬉しくなり、そっと指先を猫へと伸ばした。

――カプリ

「痛っ! 痛いよちょっと……」
 噛み付いて離そうとしない猫にスザクは悲鳴を上げた。今度こそ自分に懐いてくれる猫を見つけることが出来たと思ったのに。
 スザクは基本的に動物に好かれない。特に猫にはいつも噛み付かれてしまう。
 何とか指を引きはがして滲んだ血を拭う。愛らしい表情なのにスザクに対しては凶暴な牙を剥く。それともこの自分の指先に戯れているつもりなのだろうか。
猫が噛みついてなかなか離そうとしなかったその場所にヒリヒリとした痛みを感じながらも、スザクは何とかその猫に再度近寄る。そうすればその猫はスザクの前を横切って駆け出した。
「あ……」
 素早く逃げ去ってしまう身軽な動きにスザクは一瞬唖然とするが、すぐに地面に何か光りを反射するようなものが落ちているのを見つけ、そちらへと視線を移す。
「あっ……待って……!」
 先ほどまで猫が居た場所に銀色のネームプレートが落ちていることに気が付き、スザクはそれを拾うとそこに書かれていた名前を読み上げる。
「アーサー……?」
 きっとこれは先ほどの猫の名前なのだろう。アーサーという伝説の王と同じ名を持つ黒猫はそのネームプレートを落として逃げ去ってしまった。
「アーサー! ちょっと落とし物!」
 スザクは前を行くアーサーを追い掛ける。少し追えば、軽々とした身のこなしで彼は高い門の鉄パイプの狭い隙間から向こう側へと抜けていってしまう。しかしそれは猫にとっては可能であっても人間であるスザクには不可能だ。
 しかし、スザクは持ち前の運動神経で門の上を走って乗り越えると、アーサーのすぐ近くにまで迫ることに成功した。ゆっくりと後ろから脇腹の部分を両手で掴み、ようやくアーサーを捕まえた。
「やっと捕まえた」
 じたばたと抵抗するように前と後ろの脚を動かしながらニャア、ニャアと鳴くアーサーにスザクは苦笑する。
「そんなに僕のこと、嫌い?」
 今度から学校の敷地内を歩くときは猫じゃらしを持参しなければ駄目かな、と思いながらもスザクは先ほど拾った銀色のプレートを取り出した。
「もう落としちゃ駄目だよ」
 同じ過ちを繰り替えさないように今度は慎重に彼の身体を捕まえ、首輪に付属している金属のリングにネームプレートを取り付ける。
「アーサー、君となら仲良くなれるかな?」
 正直この学園には友人一人居ない。貴族でない一般の生徒であっても爵位を持たないというだけで大金持ちの坊ちゃまやお嬢様たちであることに変わりない。そもそもこの学院に入学するには通常桁外れの寄付金を払わなければならないのだ。スザクに関しては免除されているがそこまで高額な寄付金を払っても、この学院へ来れば多くの有力貴族たちとコネクションを結べるという訳だ。
 そんな学院でスザクの方が場違いといえるような空気を一人醸し出しているのは間違いないだろう。その上スザクはブリタニア人ではない。そんな人間と積極的に関わろうなどというクラスメイトは一人も存在しないというのが現状だ。
 ふと、静まり返る辺りを見渡せば此処が何処であるのだろうかと思案する。アーサーを追い掛けた時は焦っていて周りを見ていなかった。
「え…………?」
 自分来た道を振り返ると、暗闇の中に白色の鉄のパイプで出来た背の高い門がスッと縦に伸びていた。それは先ほど乗り越えたのだから当然そこにあっておかしくはない。越えた時は確認する余裕など無かったが、改めてじっくり目を凝らせば色はペンキで純白に塗られていた。
 自分の座り込んでいるこの場所の少し右手を通るように石畳が続いている。それから前方へと視線を向けると道は数十メートル先まで続いていた。草木に囲まれたその場所の先には硝子製の大きな建物と白亜の城が聳えていた。
 多角形の硝子のパネルが組み合わさりドーム型を描く建物内へと目を凝らせば、その中は暖かい地域に生息するであろう大きな葉を付けたシダ科の植物が生い茂っており、その場所が温室であるということに気が付く。
 そうしてその温室に併設されている建物には見覚えがあった。先程監督生に紹介された皇族専用の寮である白亜の離宮。

――ウラノス宮

「もしかして僕……」
 自分の居る場所はもしかしなくともウラノス宮の敷地内でスザクは焦る。見つかれば退学処分になりかねない。そしてそうなった場合ブリタニアが自分に対しどういった処置に出るか検討が付かなかった。
 アーサーはスザクの手をすり抜け、再び門の方へと戻っていく。これではまるでスザクがアーサーにこの離宮へと導かれたようなものだ。
 急いで元の場所へ戻らなければ。そう思ったその時、スザクの頭上をスッと暗い影が横切る。雲が一瞬、月の光を遮る。上空は風が強いのだろう。もしかしたらもうすぐ雨が降るかもしれない。
 すぐ脇には白い壁が見える。そうして硝子製の温室も。色とりどりの花々は既に蕾となっており、日が昇るのを待ち望んでいるようだった。
「…………?」
 不意にもう一度スザクの頭上を影が覆った。顔を僅かに上げ温室へと目を向ければ、反射する硝子は何かが降ってくる様子を映し出していた。
スザクは体力に自信がある。そして運動神経にも。しかしそれだけではなかった。軍人として生き残る為にはそれだけでは足りない。視力や動体視力も最前線をその身一つで戦う為には重要な武器だった。スザクにはそれらが揃っていたからこそスザクはランスロットのパイロットとして選ばれたのだろう。
 つまりのところスザクは視力と動体視力にも自信があった。そしてすぐに何が落ちてきたのか、ということに気が付いたのだ。
「そんな……っ!」
 まさか、と目を疑った。それから先は考えるよりも身体が動いた。
「…………ッ!」
 落ちてきたそれをスザクは両腕で受け止め、支える。随分と高いところから降ってきたそれはスザクに大きな負荷を与えた。
「っ、大丈夫!?」
 咄嗟に出た言葉がそれだった。しかし、その後に続く言葉は無かった。落ちてきたもの――それは少年だった。言葉が出なかったのは降ってきた少年の姿が余りに美しく、思わず見惚れてしまったからだ。
 スザクと同じ制服を、スザクよりもきちんと着こなしたその少年は今まで見たことのないくらいの美貌を有していた。触れた白い肌は柔らかく繊細で、黒い髪は絹糸のように艶がある。瞳は閉ざされており、今は何色だか判断出来ないが長い睫が頬へと影を落としていた。一見しただけでは少女だと見紛いそうな程、細く華奢な身体だったが女性特有の身体の丸みは無く、間違いなく纏っているのはスザクと同じ男子学生用の学生服だった。
 気を失っているらしいその彼をスザクは建物の下に運び、ゆっくりと地面に下ろす。
「……大丈夫かい、ねぇ目を開けてくれないと困るよ」
 そうすればその言葉に反応したかのように瞼がピクリ、と痙攣し、ゆっくりと紫紺の瞳が姿を現した。
 宝石のような美しい瞳が僅かに揺れる。動揺しているのだろう。少年は静かに声を洩らした。
「な……何で……?」
 暫くの間驚きを浮かべていたその表情は彼が今、何が起こったのかということを悟った途端に大きく変化した。
 整った柳眉がきつく寄せられ、上目遣いにスザクを睨み付ける。鋭い視線がスザクを釘付けにした。
「……何故、俺を助けた? 何故っ、何で俺を死なせてくれないんだ!?」
 続いた言葉はスザクにとって信じられない言葉だった。この少年が自殺しようとしたところを自分は助けてしまったらしい。何故、そう思ったところで彼の端正な顔が心からの苦痛に堪えるようにしてぐっと歪められる。
「……君は死にたいの?」
 スザクは彼の顔を覗き込む。そうすると涙の膜を浮かべるその紫紺からつう、と雫が垂れた。
「……死にたい。死にたいんだ、俺は……なのにっ、何でいつもっ!」
 何故死ぬことが出来ないんだ!? そう彼の激昂が続く。
「いつも死ぬことが出来ない……? まさか君、これが初めてじゃない……?」
 本当に死にたいのならば別の方法を試せば良い。しかし彼の言い方ではすでに何度か試しているように聞こえる。
「死にたいのに死ねないっ! 何故いつも邪魔がッ!」
 運が悪いといえば良いのかそれとも幸運だったといえば良いのか。とにかく彼は自ら命を棄てようとしたのに何度も失敗しているらしい。
「何で…………」
 そう小さく洩らすと彼は地面に膝を着いた。
「何故俺ばかりが……生きているのだろう。大切なものは何もかも先に逝ってしまったのに……」
 スザクは何と声を掛ければ良いのか解らず、いつの間にかそっと彼が涙を流す姿に見入ってしまっていた。悲痛に涙を零すその姿ですら美しい絵画の情景のように思えてしまうのは不謹慎だろうか。
「あ…………、あはははははっ!」
 突然狂ったように笑い声を上げる彼にスザクはハッと目を瞠った。
「くっ……はははっ……。これが、俺に課せられた罰だとでも? 死ねない? 死なない? とにかく俺は死にたいんだッ、なのに、何でっ! それが運命だとでも? 馬鹿げているッ! それならば……ははっ、良いだろう………………っはははは」
「…………――っ、君!」
暫く呆然と見詰めていたスザクだったが、此処が何処であるか思い出してしまった。此処は皇族の為に造られたというウラノスの離宮であるということを。
「君、ねぇとにかくこの場所を離れよう。このままでは誰かに見つかってしまうよ!」
 この学院に入ってひと月余り。今、学院を退学処分になるのは状況的に拙いだろう。それにこの少年だって自殺しようとしたことを知られればいろいろと問題が生じるのではないだろうか。
「ほら、立って! 急いで離れよう」
 スザクは彼の細い腕を軽く引く。そうして立ち上がらせるとじっと彼の顔を覗き込んだ。
「とにかく命が無事で何よりだよ。僕は退学処分になったら困る立場なんだ。だから早くこの離宮を出よう」
 そう告げれば、クスクスと少年は笑みを零し続ける。
「あ、っははは……退学処分? この離宮に入っただけで?」
「監督生がそう言っていた」
 監督生は確かに言った。この離宮の敷地内に入るのは拙い、と。しかしもしかしたら退学処分になるとまでは言っていなかったかもしれない。
「はははっ、こんな、離宮、何の価値も無いっ!」
 価値など無いのだ、と繰り返す少年にスザクは困り果ててしまう。制服を着ているのだから確かにこの学院の生徒なのだろうが、自殺しようとするだけあってやはり一筋縄ではいかないらしい。
「皇族であることに、貴族であるということにどんな意味がある? 個人の能力が高いのか? それとも何か特別な才能があるのか? 生まれや育ちが異なるだけで同じ人間であるということは変わらないのに。何故身分のあるものはそれを弱者に対して振りかざす? 守らねばならない存在を、棄て去ってっ!」
 一気にそう吐き出す少年に、スザクは息を詰めて眉を下げる。そうして掴んでいた彼の腕をそっと引いた。そうすれば細い、華奢な身体がふわりと揺れ、スザクの胸へと納まる。
「な、何をっ」
 慌てるようにして息を呑んだ彼に、スザクは腕の力を強めた。
「今は仕方がないよ。でもきっといつか変えてみせる」
 その言葉の先は告げなかった。ナイト・オブ・ワンとなり皇帝に意見を述べる立場に就けばきっとブリタニアを変えられると思った。しかし今此処でそれを口にすることは反逆罪に問われる可能性があった。誰が聞いているとも解らないこの場所でそうしたことを軽々しく口にするのは危険だ。この場所は多くの貴族の子女たちが通う学院なのだから。
「と、とにかく離せッ!」
 バッと突き飛ばされ、スザクは慌てて彼の身体を解放した。彼はスザクから逃げるようにして距離を置く。そうすれば彼の身長が自分と同程度だということに気が付いた。
 線は細いが背丈はある。そして長い手脚。すべてが完璧なバランスだった。きっと街に出れば人目を惹き付け離さないのだろう。
「ご、ごめんっ」
「っ、俺は帰るっ!」
 少年はパッと踵を返して門へと向かって行ってしまう。
風に彼の黒髪がふわりと靡く。白い肌を月明かりがぼんやりと照らした。この一ヶ月間この少年と遭遇したことは無かった。それならばこの先会う確率も低いのだろう。このまま彼を行かせれば、もしかしたら二度と接点を持つこともないかもしれない。
次の瞬間、スザクは考える間もなく背後から彼を呼び止めていた。
「ねぇ、待って! 君の名前は!?」
 無視されるだろうか。……されるだろう。解っていてもどうしても聞かなければ気が済まなかった。彼は一体何者で、どんな名前で呼ばれているのか。
 しかし予想に反して彼はスザクの声に足を止めた。
「……ルルーシュ、……ルルーシュ・ランペルージだ」
 そうしてこちらを振り返り、彼はそう告げて再び視線を前へと戻す。スザクはただその姿をただただ見送っていた。細い線が段々と闇に溶けて消えていく。スザクは彼の姿が見えなくなってから彼の名前を反芻した。
「ルルーシュ……ランペルージ……」
 ルルーシュ・ランペルージ。その名前を聞くのは初めてではなかった。そう、初めて聞いたのはあの監督生がその名を発した時だ。
 ルルーシュ・ランペルージに近寄るな、それは監督生がスザクに告げた言葉だった。それがどんな意図でスザクに向けられたのかは彼と邂逅した後でも未だに解らない。しかし、スザクには彼がそんなに何か近付いて拙いような存在には思えなかった。
 何故自殺未遂を繰り返しているのか。止めることは出来ないのか。深い闇を持つ彼に僅かに惹かれていることにスザクは気が付いていた。きっとあの少年の容貌がそうさせるのだろう。どこかミステリアスな雰囲気を持つ彼のことが気になって仕方がない。もっと話をしてみたい。もっと彼のことを知ってみたい。そんな風に。
 それはもしかしたらスザクのことを名誉ブリタニア人、だとかイレヴン、だとかそんな偏見を持たずに接してくれたからなのかもしれない。
 差別の意識を解りやすくスザクへと向けてくるクラスメイト達、学校の先生。悪化の一途をたどる日本とブリタニアの関係。
 軍人ではない、政治家でもない彼らから見ればスザクは敵国の人間である。喩えその裏に潜む幾らかの思惑に気が付いていたとしても、差して態度や振る舞いに変化は無いだろう。
 そもそも貴族とは庶民の上に立ち、彼らを導くのがその役目である。ヨーロッパに於いて始めは小さな領地を仕切っていた領主達からやがて大きな領地を纏める者が登場してくる。そしてその中から王が。そうして貴族制度は成り立っていった。
 つまり領地やその場所に住む人々があっての貴族という訳である。問題なのはそれなのに今ではただただ上へのさばるだけで能力のない貴族達が増え、本来の目的や本来の存在意義を忘れてしまっているということだ。しかし彼らを正すことが可能なのは彼らの中で最も力の強い、彼らを統治する者――則ち王だけなのだ。
 王はこの国では皇帝という。しかし神聖ブリタニア帝国皇帝シャルル・ジ・ブリタニアはそのような考えを持ち合わせてはいないだろう。そんなことは直接訊くまでもない。貴族がこうして力を落とさず、権力を持ち続けている時点でやはりブリタニアはいつまでも古い体質のままだ。
 その上その皇帝とて、貴族が居なければ権力を維持することが出来ないのだからどうしようもない。絶対王政とはそういうものだ。
 それでも、そんな世界を変えたい。そう願うのは罪だろうか。この国では罪なのだろう。反逆罪だ。ましてや自分は名誉ブリタニア人。即刻死刑にされてもおかしくない。スザクは軍事的に利用価値があると判断されているが、それは絶対のものではない。不要と判断されればいつ切り棄てられてもおかしくない立場なのだ。そうなればスザクの存在はブリタニアに利用されるだろう。
(そうなる前に……)
 そうなる前に何としても容易に切り棄てられない立場に就かなければ、存在価値のある人間だと認めさせなければならない。そうして祖国が救われるのならば自分が祖国の人間に何と呼ばれても構わなかった。
 とにかくルルーシュ・ランペルージ、という人はスザクのことを差別の対象とはしなかった。そして他のブリタニア人のような好奇な目で見るようなこともなかった。それだけでもスザクにとって貴重な人間である。それともあの暗がりで気が付かなかったのだろうか、自分が〝名誉〟であるということに。

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