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False Stage2-02

GEASS LOG TOP False Stage2-02
約12,216字 / 約22分

 まさか自分がアリエス宮に住むことになるなど思いもしなかった。イルバル宮に住んでいた期間すらほんのひと月半程度という僅かな期間なのだ。それを誰が皇族と一緒に生活することになるなどと考えるだろう。
(それでも僕は断れなかった……)
 今のルルーシュは当然ながら嘗ての彼と同じ顔、同じ声、立ち振る舞いまでそのままだ。違っているのは言動と行動だけ。それだけで過去のルルーシュと今のルルーシュが同一であると勘違いする要素は幾らでもある。しかし彼の記憶とその行動は今までの彼とは変わってしまったということを証明していた。スザクのことを〝枢木〟と呼び、皇子として皇宮内外で堂々と振る舞う。それはスザクの知っている彼ではなかった。記憶が抜け落ち、そうして全く異なる記憶がその場所に充てはまることなど果たしてあり得るのだろうか。
 ルルーシュの変化を考えるにそうなったと推測するのが一番手っ取り早い。病気や記憶障害でそんな風になるとは思えない。何らかの外的要因――譬えば強力な催眠術などの心理療法のようなものを施されない限りは、あのような変化は起きない。とはいえ、それでも説明しきれないくらいの変わりようだ。
「おはようございます、殿下」
 スザクがアリエスで暮らすようになってからルルーシュを朝食の席に呼びに行くのはスザクの仕事となった。とはいえルルーシュは朝食を殆ど食べない。それは必要無いからというよりは多忙で食べる時間が無いからだ。彼は学院に居た頃から朝には弱かったが、その習慣は記憶が入れ替わっても変わらない部分のようだ。
「ああ、おはよう。枢木」
 相変わらずスザクのことを枢木と呼ぶルルーシュに違和感と幾らかの寂しさを持ちながらも、スザクは寝室の柱の前に直立する。
 重くずっしりとした布地のカーテンの隙間からは朝日が差し込み、部屋をぼんやりと照らす。ルルーシュが毎日横になり眠る豪奢なベッドには薄い天蓋が掛けられ、そのやわらかな日差しをも遮っている。
 しかし今日はスザクが寝室へと入室した時点で既に彼は目覚めており、朝の入浴を済ませたところだったらしい。僅かに湿った髪に、熱を帯びて少し赤くなっている肌の上には白色のバスローブを羽織っている。前合わせのローブをざっくりと纏っただけのその姿に、スザクは思わず彼の躯を見ないようにして壁際に立ち、視線を向かい側の白い壁へと向けた。
「朝食の準備が整いました」
「そうか」
 スザクが用件を告げると、ルルーシュはワンテンポ遅れて返答した。彼の動く輪郭だけが、目の際にぼんやりと映り込む。そちらへと視線を向けてしまいそうになるが、彼は主で友人ではないと自分に言い聞かせて真っ直ぐに視線を留めた。
「枢木、アリエスでの生活には慣れたか?」
 不意にルルーシュはフリルで飾られたシャツを身に付けボタンを留めながらスザクに訊ねる。白い肌がチラと覗き思わず視線を上へとずらすと、細められた紫紺が目に入る。
「ええと……」
 見ればルルーシュの繊細な指先はボタンを止め終え、スカーフを首に巻き付けていた。サイドテーブルの上にはエメラルドグリーンのタイブローチ。細かな金細工の入ったそれをつまみ首元へと取り付ける。一連の動作すら洗練されたもので無駄な動きはない。自分以外の誰が見ている訳でもないのにリラックスという言葉からはほど遠かった。
「は、はい!」
 スザクはそんな彼の所作の美しさに思わず見惚れてしまっていた。そしてルルーシュが訝しげな表情を浮かべ始めたことに気が付き、慌てて返事をする。
「殿下もアリエス宮で働いている人もとても親切にしてくださいますから」
「そうか」
 ルルーシュは口端を僅かに上げる。何を考えているのか全く読めない彼だったが、やはりその笑みは変わらず人の目を惹き付ける。
「ええ、ナイト・オブ・ラウンズに入ったとはいえ自分はナンバーズ出身。取り立てていただき感謝しております」
 その言葉は嘘ではない。ナンバーズと成り下がった旧日本人達はきっとあの地で地に這うような生活を送っているのだろう。それを考えると幼い頃にこの国へと送られ、そうして地位を得たことは幸運だったと言えるだろう。
「私も陛下と同様実力主義だ。お前には期待しているんだよ」
 ルルーシュはこちらへと柔らかく笑みを向けた。どうしてだろう。スザクがこの離宮で暮らすようになってルルーシュは今までの刺々しい態度が変化したようにも思える。時にはこうして笑みすら浮かべてみせる。一体何故なのだろう。
 ラウンズは皇帝の騎士ではあるが戦時には皇帝の命令により総司令官の指揮下に入ることが多い。その総司令官がルルーシュであり、自分やジノ、アーニャが彼の護衛に任命されたのだから人間関係は円滑な方が良い。きっとそう考えているのだろう、そう思った。
 そして彼はあの時はっきりとこう言った。〝力が欲しい〟と。スザクの持つ力が一体何なのか。自分でもそんなことは解らない。人よりもKMFの操作が得意だし、人よりも運動神経や体力に自信がある。けれどもラウンズとなれば同程度の能力の人間ばかりであるし、それがスザクの持つ〝特別な力〟とは思えなかった。
「お言葉感謝致します。どうか陛下と殿下のご期待に添えますよう努力致します」
 形式張った返事だったが、仕方が無い。少しでも気を抜いたら以前友人であった頃のように接してしまいそうだった。万一そんなことになれば、再び築き上げた良好な関係はいとも簡単に崩れ去ってしまうだろう。
「さて準備は整った、食堂に向かおう」
 そう告げるルルーシュはきっちりとジャケットまでを着込み、襟元を整えながらまっすぐにこちらを見詰めていた。
「イエス、ユア・ハイネス」
 スザクは大きく返事をすると、ルルーシュの後を追う。
 部屋を出れば扉の前で待機していた室内の清掃を担当するチェインバーメイドは会釈を向けながら両手で裾を軽く持ち上げ、挨拶する。
「おはようございます、ルルーシュ様」
「ああ、おはよう」
 柔らかな笑みを向けるルルーシュに彼女は頬を染める。毎朝こうなのにルルーシュは彼女の気持ちに全く気が付いていないのだから仕方が無い。だからといって彼女の手助けをしてやる程スザクは優しくなれない。それは彼女の持つ想いがきっと自分が以前の彼に対して向けていた感情にとても近い種類のものだからだろう。
 食堂は一階にある。高い天井に奥行きの長い部屋。その部屋の形に合わせたように豪奢なアンティークの長テーブルが中央に配置されており、ルルーシュはその一番奥へと腰掛ける。きっと晩餐会でも開けばそれなりにその機能を発揮するのだろうが、此処で食事をするのは現在、ルルーシュただ一人だけだった。
「本日はバタイユ侯爵がお目見えになるということです。昼食は侯爵との会食で……」
 毎日朝食の席でスザクはルルーシュのスケジュール管理を行っている。これがナイト・オブ・ラウンズの仕事ではいことなど解ってはいたが、少しでも彼と再び良好な関係を築きたかった為に引き受けたのだ。
「断っておけ。どうせいつものことだ〝娘と会え〟とな」
「……それは……」
 貴族の娘と二人で会う。それは自然と見合いという意味合いが生じるのは彼が年頃だからなのだろう。皇族は早ければ十代であっても婚姻を結ぶことも珍しくはない。婚姻とまでいかなくとも婚約者を持つことは当然とされていた。
 しかし、ルルーシュはもうすぐ十八歳となるにも関わらず婚約者を持とうとしない。それどころか女の影一つ見えないのだから焦っているのはその周囲の者達の方なのだろう。
「皇室に娘を嫁がせたいのだろう。私の母は庶民から后妃となった。その所為か比較的取り入りやすいと勘違いされることがある」
 ルルーシュはそう云ったけれどもきっと本当は違う。侯爵といえばブリタニア貴族階級第三位。充分上位の家柄である。きっと目を付けたのはルルーシュの聡明さとその美貌。女であれば誰しもが夢見る皇子、まさしくその容貌をしているのがルルーシュなのだ。惹かれるな、と言われる方がきっと難しい。
 しかし彼にはその自覚がないのだろう。それは〝スザクの知っている彼〟もそうだったけれども。コルチェスターで密かに女生徒達がルルーシュを目で追いかけていたこともきっと気が付いていなかった。そういった意味で彼は余りに無防備だった。以前も今も。
「そんなこと……」
「いや、貴族であれば誰しもが更に高い地位を望むんだ。ああ、でも例外が居たか。お前の後見のアスプルンドが」
 確かに彼の言う通りロイドは伯爵という爵位を持ちながらもそのことに関しては余り興味がないらしい。その点では貴族としてかなり珍しい部類に入ることは間違いない。ルルーシュはそれを指摘したのだ。
「まぁとにかく、お前も気を付けた方が良いだろう。取り入る対象は皇族だけでなく、ナイト・オブ・ラウンズだって含まれているんだぞ」
「……胸に刻んでおきます」
 確かにナイト・オブ・ラウンズに入る以前ならば自由に外出は可能だった。ルルーシュと出会うまでは女の子と付き合ったこともあったし、そういう関係を結ぶこともあった。しかしこれからは慎重に動かなければならない。それは解っているし、彼の意見は尤もだったが、それにしても彼に言われたくはないような気もする。
「ところで殿下、侯爵との会食はキャンセルと手配致しますが、本日のご予定はどうなされますか?」
 話題を変えようとスザクはスケジュールの確認を行う。此処で問題があれば後で困るのは自分だ。しっかりと彼の予定を調整してこそ、この仕事が勤まっているのだといえよう。
「ああ、午前中は予定通り司令部での会議、昼食はそうだな、お前達と取ろうか。場所はイルバル宮……手配を。それから夕方まで書庫に籠もる。予定通り護衛はアールストレイムに任せる。その間お前とヴァインベルグは特派にでも行って……」
「昼食を自分達とですか!?」
 ルルーシュの告げた予定にスザクは目を瞠る。正式に招待された場なら問題はないのだろうが、そんな簡単に言われてしまっても困ってしまう。皇族と食事を共にする機会はナイト・オブ・ラウンズといえどもそう多くはない。そもそも現在はナイト・オブ・ラウンズと言いながら彼に従っているのだから仮の騎士という関係である。
「何か問題があるか?」
「問題あります!」
 スザクは慌てた。主と臣下とが同じ席で食事をするなど有り得ないことだ。確かに彼とは何度も食事を共にしたことがあるし、彼の作ったものを食べたことだってある。それでもそれは学院での話だ。
「私は気にしない。それに私自身が許可しているのだから問題は無いだろう? ヴァインベルグとアールストレイムにも伝えておけ」
 有無を言わさないその言動にスザクは頷くしかなかった。
「……イエス、ユア・ハイネス」

 こうしてスザクがアリエス宮に住まうようになってから暫くの間はゆったりとした時間が過ぎていた。あの時――キュウシュウでの時出来事が夢だと思ってしまいそうになるくらいに。
 あの時キュウシュウで何が起きたのか。スザクには目前の光景が信じられなかった。そして充満する血の匂いに吐き気を催した。その中でも平然としているルルーシュの姿。
 そう、ナイト・オブ・ラウンズがルルーシュの元へと向かった時には既に彼らは〝そのような状態〟になっていたのだ。ルルーシュにと離れていた時間はほんの僅かなものだった。それなのに彼らはルルーシュの目の前で自殺してみせたのだという。
 飛び散った血液と弾け飛んだ身体の一部が地面を汚す。戦争が起こったとしてもきっとあんな風にはならない。必要以上の弾丸が身体を貫き死んでいた。それでも彼らは誇らしげな表情を浮かべていた。まるで〝目的は達成した〟とでも言いたげなくらい。あの場所で一体何があったのか。それはルルーシュと死んでしまった軍人達しか知らない。スザクが知っているのはあの場所で彼らが死んだということだけだった。
「でもさ、お前どうしてアリエスに? 断っても大丈夫だったんだろ?」
 昼食会が終わると、三人で一度アリエス宮までルルーシュを送る。そしてアーニャを残しスザクとジノはそれぞれのKMF研究所へと向かっていた。特派はスザクがナイト・オブ・ラウンズ入りした時点でキャメロットと名前を変え、主に枢木スザク専用KMFランスロットの研究に当たっている。ルルーシュの護衛は現在アーニャが担当しており、それも警備の厳重な書庫の中だけなのでそれ程問題はない。
「でも、僕は〝真実〟を知りたい。彼が何故あんな風になってしまったのか。それからキュウシュウでのことも」
 彼に何が起こって、そして何故こんなことになってしまったのか、きっと近くに居れば何かヒントが掴める気がする。
 スザクは目線を真っ直ぐに向けたままジノの問いに答える。そうすれば彼はうーんと唸ってから口を開いた。
「そうなんだよなぁ。もしかして今の殿下と以前の殿下は別人で、二人は双子だったとか?」
 有り得ないとは言わないが余り現実的ではない。その仮定が真実ならば双子のどちらもが〝ルルーシュ〟と名乗っていることになるからだ。まさか皇族に〝双子は許されない〟などといった伝承があり、双子が生まれた時点で片方は影武者となる……などといった伝統が今時にあるのならばそれこそファンタジーだ。それに第十五皇子キャスタール・ルィ・ブリタニアと第十六皇子パラックス・ルィ・ブリタニアは双子として堂々と姿を晒しているのだからその仮説は成り立たない。
「それはなさそうだけれど……」
 スザクはそっと溜息を吐き出した。どういう理由であれルルーシュが学院やそこでのスザクのことを忘れてしまっているのは事実なのだ。説明することは出来ないけれどもそれだけは間違いない真実だった。
「……だよな。それにこの間のあの現場……殿下は自殺だと言ったが、あれは明らかな殺し合いだった」
 ジノの言う通りだった。銃を至近距離から互いに向け合い、そうして発砲し合うことは果たして〝自殺〟と言えるのだろうか。集団自決? それも語弊があるように感じられる。ジノの言うように殺し合い、と表現した方がまだ的確なのかもしれない。
「うん、そうだね。殿下は〝力を使うのは厭わない〟と」
 それが何を意味している言葉なのかは解らない。ただルルーシュが特別な力というものを持っており、自分にも同じような力があるということだけしか今の情報だけでは判断出来ない。しかも自分には力を持っているという自覚がないのだから困ったものだ。
「力、ねぇ。何だか非現実的だ」
 ジノは眉を顰めながらスザクへとその碧眼を向ける。一つ年下の彼はスザクよりも頭一つ分身長が高いから必然的にスザクを見下ろす形となる。
「でも現にその非現実的な出来事が起こった」
 最早あの光景もルルーシュの変化も現実的とは言い難かった。
「やっぱり殿下に直接聞くしか無い気がするな」
「……そう、だよね……」
 スザクはジノの顔を見上げると、困ったようにもう一度深く溜息を吐き出した。
 アリエス宮から研究所までの道のりは少し距離がある。幾ら皇宮の敷地内とはいえど皇族の住まう宮殿の近くに研究所を置く訳にはいかない。故に皇宮領内の一番隅にKMF開発の研究施設は密集していた。
 とはいえそこまで狭い敷地内に敷き詰められている訳ではない。研究に困ることのないくらい充分ゆとりをもった空間がそれぞれのラウンズごとに与えられているのだ。
「そうそう。それと中華連邦の件。大宦官たちが動き出したらしい」
 突然思い出したかのように洩らしたジノの話にスザクは思わず声を洩らす。
「……え……?」
 中華連邦といえば先日日本を利用しようと企み、それをブリタニアに阻止されたばかりではなかっただろうか。
「何だ。ニッポンがブリタニアに下った後で一部の軍人達が短期間で創り上げた日本解放戦線は全滅。それでもお前の親父さんは捕らえられなかっただろう? それが遂に中華入りしてしまったようだと」
「……父さんが……中華連邦に……」
 日本の最後の首相が中華連邦に逃れた。それはつまり日本の中心勢力が中華連邦に下ったということを意味している。そうであるのならば今頃本土に残された日本人たちは再びやってくるであろう戦火に怯えているかもしれない。ブリタニアを真っ正面から支配したブリタニアと裏から牛耳ろうとする中華連邦。その間に挟まれた日本人達の立場はとても危うく脆いものだ。それともそんなことすら知らず人々は何も知らずに中華という強大な味方を得て安心しているのだろうか。
「でもそれじゃあ僕達もこんなに暢気に実験なんてしていられないじゃないか」
 ジノの話によれば今にも戦争が始まる可能性すらあるのにどうしてこうも暢気にしていられるのだろう。ブリタニアの誰もが悠長にその状況を見守っているとでもいうのだろうか。そうだとしたら今までの侵略計画は一体何だったというのだろう。
「それがそうでもないんだよなー。中華連邦は今、内乱状態にあるからさ」
 ジノの言葉にスザクは瞠目する。ブリタニアと並ぶ強国が内乱状態? それこそ初耳だ。
「内乱?」
「そう。何とニッポン人達が協力を求めた大宦官に対してクーデターを企てた者がいるらしい。そしてそれには密かにインドも関与していたとか」
「でもそんな誰が……」
「余り詳しくは解らないが、中華連邦での皇帝に当たる天子を担ぎ上げようとしているのかもしれないな。元々は天子が国を治めていた筈だし……。まぁ中華連邦にしては知られたくないことだろうから表沙汰にはなっていないようだしな」
 中華連邦にしてみれば一番外国に知られたくない情報なのだろう。ヴァインベルグ家には東アジアに精通した人間がいるらしく、そういった情報が時折入ってくるのだという。
「君って意外に政治に詳しいんだね」
 ハハ、と笑みを零しながら告げると、ジノは軽く声を上げた。
「おい、私だって由緒正しいヴァインベルグの人間だぞ。教養から政治や軍事……一通りは勉強済みだ。寧ろ勉強が足らないのはお前だろう!」
 そんな事実を突きつけられ、スザクは笑みを苦いものへと変化させた。
「……そうでした」
 しかしそうはいっても仕方が無い。自分がナイト・オブ・ラウンズに入ったのはついこの間で、今まで機密情報に触れるような立場にはなかったのだ。それでもこれからは知らなければならないことがたくさんある。もう自分には〝日本に戻る〟などといった選択肢は残されていないのだから最早ブリタニアで力を付けるしかない。後ろ盾はアスプルンド伯爵家のみだとしても。
「なーんてな。これからそういったことは覚えていけば良いと思うぞ。ロイド伯爵に聞けば色々教えて貰えるんじゃないか?」
「いや、どうかな……?」
 伯爵の称号を持っているロイドとはいえそういったことには関心がなさそうに思える。彼が興味を持っているのは爵位のことではなくナイトメアフレームのこと、そしてプリンのことだけだ。
「とにかくさ、気を付けろよ」
 ジノはニィと歯を見せて笑みを向けると、スザクも微笑み返した。
「君こそ」
 知り合ってまだ数ヶ月だというのにアーニャを含めてナイト・オブ・ラウンズの若き三人は既に打ち解け合っていた。でも、友人が居るという心強さと楽しさを教えてくれたのは学院に居た時のルルーシュだった。
 二人は回廊の突き当たりでそれぞれの研究所へ足を運ぶ。ナイト・オブ・ラウンズには一人ずつ研究機関がバックボーンとなるのが通常だ。そしてそれはスザクも例外ではなくキャメロットがスザクのKMF開発をサポートしていた。
 第七世代と呼ばれたランスロットも現在更なる開発を模索しており、時間が空けばその為の実験に参加することになっている。確かにルルーシュ自身も〝本来ならば護衛は必要無い〟と言った通り、彼を狙う者はここ数日間で逆に全員死亡している。
 しかしその死には不可解な点が幾つかある。スザクやジノ、アーニャが返り討ちにした時はそんなことはないのだが、ルルーシュが一人で居る時に襲ってきた人間は全員〝自殺〟しているのだ。ルルーシュを狙いに来たのにも関わらず、彼の前で〝自殺〟する。それは余りに不自然過ぎた。
 それを指摘すればルルーシュは上手くやり過ごしてしまう。以前に彼が宣言した通り全てを説明するつもりはないらしい。思えば彼は学院にいた頃もスザクに全てを話すことを恐れている節があった。彼は一体何を隠していたのだろうか。
「結局何であの時ルルーシュは……」

――死にたがっていたんだろう?

 ルルーシュが学院でのことを忘れてしまっている以上、そのことについて知る手段は何処にもない。皇帝が何か知っているのではないか、という考えが頭を過ぎるが、そうであればそれはもうスザクの手に負えるような事態ではないということになる。
 学院で彼は〝覚悟が出来たら話す〟と言ってくれた。しかし今の彼は覚悟が出来たらというどころか初めからスザクに説明などするつもりはないという。スザクが好きになったルルーシュは一体何処へ消えてしまったのだろう。これはあの日スザクがナイト・オブ・セブンとなった日から何度も繰り返し自分に問いかけていることだった。

* * *

「お前はあの二人と違って静かだな」
 本宮殿の書庫の出窓へと腰掛けるルルーシュは床に直接腰掛けているアーニャを見下ろした。本を傷めない為に引かれた分厚い深緑色のビロードのカーテンの隙間からは外の日差しが差し込む。少しカーテンを捲って窓の外を見下ろすと十メートル程先には石畳が広がっていた。
「ジノもスザクも煩い」
 ぽつりと洩れる率直な言葉はアーニャらしいものだった。
「……そうだな」
 アーニャの尤もな言葉にルルーシュは苦笑する。あの二人は大型犬と小型犬がじゃれ合っているようで少し煩わしい。まぁ、とはいえそれが鬱陶しくて厭だという気分にはならないのが不思議なところだった。
「ルルーシュ様は静かなのが好き?」
「本来ならばな。だがこうして多くの本を読むのは生きる為の手段を探すためさ」
 その言葉にアーニャは首を傾げる。
「それはマリアンヌ様のことがあったから?」
 深紅の瞳で覗かれると、自分ですら気が付いていない心の奥底を見透かされているような気持ちになる。感情らしきものが籠もらないその瞳は見詰めていると自分のことを見ているような気分にすらさせられる。
「……そうだ。母が暗殺された皇子など普通ならとっくに廃嫡されているだろう。廃嫡された皇子に生きる道はない。そうなりたくはなかったんだ」
 そっと息を吐き出すと、アーニャは僅かに眉を寄せた。それはルルーシュのことを哀れんでいるのか、それとも別の意味があるのか解らない。彼女の柔らかな桜色の髪の毛に指を伸ばす。そうして一瞬躊躇ったように指先を止める。するとアーニャは顔をぐっと上げてその紅色の瞳にルルーシュの姿を映し出した。
「生きたいと思うのは間違ってない」
 断言するように告げられたその言葉はルルーシュの考えや行動を真っ直ぐに肯定するもののようだった。そんな彼女の言葉にほっとしたように安堵させられてしまう。アーニャは口数が少ないけれども彼女の言葉の一つ一つには大切な意味が篭められているように思える。
「お前はそう思うのか?」
 アーニャの意見を聞きたくて、ルルーシュはもう少し深く彼女の意見を問うてみた。
 窓に手を掛け、そっと隙間を空けると、ふわりと外の空気が舞い込んだ。そうして黒い髪が風に靡いてふわりと揺れる。そして思ったよりも冷たい空気に僅かに身を震わせた。
「私なら戦う」
 そう言い切るアーニャの視線は真っ直ぐだった。生きたいと願うからこそ戦わなければならない。受け身のままでいれば何れは良いように利用され、そうして待つのは死だけだ。
「……奇遇だな。〝俺〟もそうだ」
 微笑を零せばアーニャは目を細めてみせる。死ぬつもりはない。生きて、生きて、そうして手に入れるのだ――その先にあるものを。その為ならば人を殺すこともやむを得ない。
「だから力を手に入れたんだ……」

――この力を

 声に出さずにそう続ければアーニャはそっと瞼を下ろす。それは彼女の柔らかな髪に触れても良いという了承のように思えて宙に留まっていた指先でそっとそれを撫でた。
 柔らかな質感に何だか懐かしい気持ちを思い出す。過去にも似たような質感の髪に触れたことがあるような。全く同じという訳ではない。けれども既視感を覚えるのだ。そしてそれと共に何か大切なことを忘れているような気さえしてくる。――一体それが何だったのか思い出すことは出来ない。
「……俺たちは似ているな」
 それは自然と洩れた言葉だった。そう、自分達は似ているかもしれない。見た目の話ではなく考え方が。その本質が。この少女は選ばれし者。自分もそうだし枢木スザクもジノ・ヴァインベルグもそうだ。皇帝によって選ばれた存在なのだ。
「お前は昔、アリエス宮に行儀見習いに来たな」
 過去の記憶を手繰り寄せると同じ紅い瞳を思い出す。そんなに多くの会話を交わした覚えはない。それはほんの僅かな期間だったからだろう。でも、確かにこの瞳は過去に見たことがあったと確信していた。
「憶えて、いるの?」
 それが意外だとでもいうかのように彼女はパッとその紅い目を大きく開いた。
「ああ、勿論だとも」
 ルルーシュは頷いてその言葉を肯定した。アーニャはそうすれば目を細めてルルーシュの紫紺をまっすぐに見詰める。
「私は確かにアリエスに行儀見習いに行っていた。けれども、私にはその記憶が……ない」
 アーニャの話は驚くべきものだった。事実はアーニャが行儀見習いでアリエスに居たことを示しているのに肝心の彼女にはその記憶が無いのだという。そしてルルーシュは驚きと同時に一つの確信に至る。
「ああ……そうか。それに何故お前が選ばれたのか今、解った気がするよ」
 アーニャはゆっくりと立ち上がり、石造りの出窓の縁へと手を掛ける。そうして反対側の手で軽くカーテンを開くと彼女は眉を寄せて目を細める。それは哀しげにルルーシュの瞳に映る。どうしたものかと眉を顰めれば彼女はルルーシュの手の甲に小さな手を重ね合わせた。
「……ごめんなさい。私、護れなかった……」
 自分よりも三つ年下であるアーニャがあの当時自分達を護ることなど出来る訳がないのだ。彼女が気に病む必要など何処にもない。それでも皆、尊敬していたのだ。母であるマリアンヌを。それに彼女自身はその時のことを覚えていないのだから謝る必要など全く無いのだ――そして彼女自身は知らない。自分が選ばれし者だということを。
「……良いんだよ、アーニャ」
 慰めるように軽く頭を撫でてやると、彼女はそっと目を閉じた。くるりと長い睫は頬へと影を落とす。
「……俺も、護ることは出来なかった。だから…………」
 ルルーシュが言い掛けたその時、カシャリと扉が開く音が静かな室内へと響き渡った。
「あ…………」
 その直後、間の抜けた声が耳に入る。
「し、失礼しました!」
 バッと音を立てる勢いで謝ったのは書庫に入ってきた枢木スザクだった。壁に掛けられた時計に目をやればもう夕刻に達していた。いつの間にこんな時間になったのだろう。先程まで明るかったような気もするのだが、時間が過ぎるのは早い。アーニャと話しているといろいろなことを思い出す所為だろうか。
 それにしても一体何故この男はそんなに慌てているのだろう。全く以て意味不明な挙動の不審さにルルーシュは眉を顰めた。
 そうこうしている間にスザクは何故か退室しようとしているのだから逆にこちらの方が慌ててしまう。ルルーシュは腕を伸ばしてスザクを呼び止めた。
「おい、勝手に出て行くな」
「す、すみません!」
 出て行きかけた足を止め、スザクはパッとこちらを振り返る。そうすれば気まずそうな表情を浮かべたスザクと視線が交わる。そうしてスザクの目線がルルーシュから逸れ、移動した。その先に居るのはアーニャだった。彼女をよく良く見ればルルーシュの身体に寄りかかるように密着していた。
「………………これは誤解だ」
 一体何が誤解なのか自分でも良く分からなかった。しかし、何かしらの説明をした方が良いのは明白だった。書庫で少女とはいえ女性と二人きり。そうしてこんな風にしていたらやはり勘違いをされるのだろうか。変な噂を立てられても困る。非常に困る。彼女はどちらかといえば妹のように思える存在でそういったやましい気持ちは一切無い。
「……スザク、邪魔」
 アーニャの一言にルルーシュも呆気にとられる。
「ア、アーニャ……!」
 アーニャはルルーシュが慌てた様子を見ると、口端を持ち上げニコリと微笑んだ。
「冗談」
「…………その、アーニャ。余り誤解を招く言い方は止めてくれないか?」
 冗談が冗談で済まされなくなるのがこの皇宮なんだ、と言い聞かせるようにルルーシュはアーニャに出来るだけ優しく説明する。
「……ダメ?」
 それでもいまいち良く解っていないだろうアーニャは首を傾げて訊ねてみせた。
「……ああ、駄目だ」
 まだ十五歳になるかならないかの少女に手を出すような男だと思われるのは心外だ。こんなことが噂になればアーニャとの縁談を本気で持ちかけられそうなところがこの貴族社会のおかしなところだ。公爵という爵位を持つアールストレイム家ならば確かに皇族と縁組みしても何ら不足は無いのだからそれは尚のこと現実味を帯びている。
「残念」
 眉を下げてみせるアーニャに慌てたのはスザクの方だった。
「アーニャ、そんな殿下になんてことを!」
 すみません、と謝られても彼が謝る必要は何処にもない。同じラウンズだとしても連帯責任が問われる訳でもないし、第一ルルーシュは別に怒ってなどいない。
「いや、もう良い。私はアリエスに戻る」
 何だかもうどうでも良くなってきた気がしてきたルルーシュはそう告げると書庫の出入り口を開く。そうして先に一人で出て行ってしまった。
「「イエス、ユア・ハイネス」」
 二人はすぐにその背を追って書庫を出た。

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