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False Stage2-04

GEASS LOG TOP False Stage2-04
約11,842字 / 約21分

 シャンデリアの柔らかい明かりが美しく装飾された色鮮やかな室内を照らす。質の良い華美な調度品が並べられ、これ以上無いだろうという程豪奢で上質な空間。そんなロココ調を思わせるような部屋をルルーシュは訪れていた。
「ルルーシュ、久しいな」
 そうしてニコリと微笑んでみせたのはクロヴィス・ラ・ブリタニア。ルルーシュの兄の一人だった。優雅で上品な振る舞いはシュナイゼルと並ぶくらいに洗練されている。ブロンドの髪は後で束ねられ、柔らかくウェーブを描いていた。コバルトの瞳がルルーシュの姿を映し、そうして長い睫毛がふわりと瞬く。
「ええ、お久しぶりです。クロヴィス兄さん」
 彼と会うのは何年ぶりだっただろう。久しぶりの兄の姿にルルーシュは笑みを零す。クロヴィスはルルーシュが親しくしていた数少ない兄弟の一人だった。
 彼はルルーシュが庶民から后妃となったマリアンヌの息子であるにも関わらず、ルルーシュと積極的に関わろうとした珍しい兄だった。
「お前の顔が見られて嬉しいぞ。でも、ルルーシュ、お前が態々私のところまで尋ねて来たということは何か理由があるのでは?」
 クロヴィスの私室には大輪の薔薇が大きな花瓶に生けられていた。それも色調のバランスが計算し尽くされた極上の花束だった。床に敷かれているカーペットから壁に張られた壁紙まで全てが調和し、完璧なバランスを保っている。
 この部屋自体が一枚の絵の中なのではないのかと錯覚するかの如く豊かな色彩に彼自身も見事に調和していた。
「ええ、さすがですね、兄さん。その通りです」
 ルルーシュはクロヴィスの腰掛ける椅子の向かい側の席へと腰掛けながらそう言った。
「へぇ、一体どんな用件で? 絵のモデルにでもなってくれるか? お前だったらさぞかしキャンバスが映えるだろうな」
 クロヴィス美術館がオープンして半年が経つ。ようやく美術館の仕事が落ち着き、次は何をしようかと考えていたところなのだよ、クロヴィスは穏やかに笑みを零す。どうやら随分と充実した生活を送っていたらしい。
「兄さんにお伺いしたいことがありまして」
「ふむ、何だ? 言ってみろ」
「兄さんは一体誰の味方ですか?」
「ルルーシュ、それは…………」
「オデュッセウス兄上ですか? それともシュナイゼル兄上ですか? はたまたギネヴィア姉上? 幾ら貴方でも誰の手を取らずにこうして絵ばかり描いている訳ではないでしょう?」
 幾ら自由奔放に芸術を愛するクロヴィスであっても一人きりで皇族争いに加わることなく穏便に過ごすことは難しいだろう。兄弟の誰か一人と手を組んでいなければさすがに平穏に暮らすことは難しい筈だ。
「……それを知ってどうするつもりだ?」
 ルルーシュの問いにクロヴィスの表情に緊張が走る。兄弟の中で皇位継承争いについて口にするのは少々躊躇われるものなのだろう。何れは敵同士になる可能性も否めないのだから。
「いいえ、それを知ってどうするという訳ではありません。これは確認です。貴方が本当にシュナイゼル兄上を立てているかどうかの」
「……知っていた……のか?」
「ええ、貴方は帝位を狙っている訳ではないですし、オデュッセウス兄上やギネヴィア姉上とは親しくない。それに安定を望んでいる貴方が政治をするにはまだまだ未熟な年下の兄弟を皇帝に推すような真似はしない筈です」
 ルルーシュははっきりと断言する。クロヴィスの性格や考え方からしてもそのような行動を取る可能性が最も高かった。
「良く調べているようだな。それで? お前はシュナイゼル兄上が皇帝にふさわしくないとでも?」
 その時、紅茶を運んで来ようと近寄ってきた給仕をクロヴィスは追い払い、ルルーシュと二人きりで話を続けた。
「いいえ、兄さんの選択肢は現時点でベストだと思いますよ。シュナイゼル兄上は皇帝にふさわしいと思います」
 全てにおいて完璧とも言える兄はまさに王にふさわしかった。彼がこの国を率いれば百年は安泰だろう。そう断言出来るくらいシュナイゼルの宰相としての腕は素晴らしいものだった。シュナイゼルが次期皇帝となれば臣民も安心して生活することが出来るだろう。彼は争いごとを好む訳でもなく、嫌っている訳でもない。必要があれば他国を攻めることもやむを得ないことは理解しているし、実際にEU方面に侵攻した際は彼が軍を率いていた。戦争を全く知らない人間ではなく、ああした場所で何が起こっているのかを知っている人間である。
 経験、思考、分析、ありとあらゆることによって自分達兄弟の中で一番優れている兄は次期皇帝に最も近いとされている。そしてその通りだと思っている。だからこそこの場所に来たのだ。
「では、お前は何を知りたい? 兄上の弱点か? それとも私に手を引けと?」
 クロヴィスは表情を硬くしながら早口で告げた。
「いいえ、違います。私は自分が皇位に就きたいなど思ったことは一度も有りません。私もシュナイゼル兄上を支援する側に付きたいのです」
 ルルーシュはにんまりと笑みを浮かべる。
「だが、お前は陛下のお気に入りの一人だろう? 継承権が十七位とはいえ何れすぐに上がるだろう。何の為に軍総司令官になった? シュナイゼル兄上から役職を一つ奪ったという形になってしまったんだぞ?」
 クロヴィスが云うことは尤もだ。宰相であり軍の総司令でもあったシュナイゼルから片方の役職を奪うような形でルルーシュは軍の総司令官となった。それは自分の意思というよりは皇帝から強制的に与えられた地位だった。
「ええ、ですがもし私が皇帝陛下に気に入られているというのに理由があったとしたら……?」
「…………理由? 理由があるのは当然のことだろう?」
 クロヴィスが首を傾げる。理由も無しに皇帝がルルーシュのことを気に入る訳がないだろう、と。
「ええ、ですが陛下が私のことを気に入ったのは私自身の力ではありません。陛下が私に施した力の所為だと……そう考えています。兄さんはご存じでしょう……? あの場所のことを」
「…………まさか」
 ルルーシュが云わんとしていることを察したクロヴィスは目を見開いて、絶句した。もし、ルルーシュの告げた内容と自分の推測が正しければ大変なことだ。
「…………ええ、恐らくその通りでしょう。兄さんは確か考古学にもお詳しかった筈です。そして〝力〟にも」
「いや、しかし……私はもう関わらないと決めたのだ。あんな恐ろしい……!」
 クロヴィスは顔色を蒼くして背を震わせた。一体何があったというのか。ルルーシュは目を細めた。
「ですがクロヴィス兄さん、私が軍総司令に任命されるまで私が本当は何処に居たかご存じで?」
 ルルーシュの突然の話題転換にクロヴィスは片眉を持ち上げる。
「……ロンドンの寄宿学校だろう?」
「いいえ。私の記憶にも、公式的な記録にも一切それを証明するものは有りません。この皇宮内に残る記録ですら私がロンドンの寄宿学校に在籍していたと証明するものはなかったのです」
 そう、譬え身分を偽って英国の寄宿学校に入ったとしても皇宮内には少なくともその事実が記載されている書類がは残っている筈だ。しかし、公式非公式に限らずこの皇宮内ですらルルーシュが英国の寄宿学校に居た記録は一切残されていなかった。
 そしてそれは当然といえる。何故ならばルルーシュは英国の寄宿学校になど身を寄せたことは一度も無いからだ。
「私はロンドンの寄宿学校に在籍したことなど一度も有りません」
「では……今まで一体何処に……?」
 その問いにルルーシュは首を左右に振って答えた。
「私には解りません。自分がこの皇宮に戻ってくる以前に何処に居たのか。断定することが出来ないのです。そう……強いて云えばある一定期間の記憶が曖昧、というところでしょうか」
「…………記憶が、曖昧に?」
 その言葉を聞き、クロヴィスは額に薄らと汗を浮かべた。その原因に覚えがあるのだろう。
「ええ。ですがその原因はほぼ突き止めています」
 ルルーシュの言葉にクロヴィスは息を呑む。本当は記憶が曖昧などと云う話は嘘だ。しかし、記憶がはっきりとしていたとしてもそれと状況が大差無いということには変わりがない。
「……貴方の恐れている〝力〟です」
 そしてルルーシュにも確信があった。自分の記憶が明らかに矛盾しているということに。そしてその原因にも。
「………………そうか、では陛下が……」
 クロヴィスは俯き、そして静かにそう洩らす。溜息のような声には僅かながら恐怖が滲み出ていた。
「ええ、だからこそもう前へ進まねばなりません。このままではブリタニアはどうなってしまうか。だからこそ、シュナイゼル兄上を此処で立てなければ……。ですから協力していただけませんか?」
「……一体何を?」
 自分に出来ることなど限られている、と汗を垂らして告げるクロヴィスにルルーシュはニコリと微笑んだ。
「いいえ、貴方にしか出来ないことです」

――私の十八歳の誕生日をプロデュースしていただけませんか?

* * *

 それから暫くが経ってルルーシュが皇帝に呼び出されたのは昼過ぎだった。謁見の間に向かいながらチラと彼の横顔を確認するが、彼は朝からいつも通りの彼とそう変わりはなかった。
「殿下、ドーヴェルニュの夜会の招待を断ったというのは本当ですか?」
 その話は初耳だった。あの夜ルルーシュとベッドを共にしてからスザクとルルーシュの関係は少しずつ変化していた。まず一つ目は彼の表情の変化が増えたということ。今までは無表情に仕事をこなすことが多かったのだが、今ではスザクの前でだけは柔らかい表情の変化を見せてくれるようになった。
 それでもそれからの期間が余りに多忙でスザクが再びルルーシュを抱くようなことは無かった。彼も疲れが溜まっているのだろう、此処二日程は個人的な会話すら余り出来ないでいた。きっとこれはその期間に来た話なのだろう。
「……ああ、まだ正式に返事はしていないが……随分耳が早いな」
 ジノの問いにルルーシュは軽く頷く。貴族の情報網は伊達ではないらしい。
「ああいった華やかな場は向かないんだ」
 ルルーシュはうんざりだとでも言わんばかりに溜息を洩らす。
「なーにを! 殿下が社交場に向かないのなら世の中に居る大抵の人は入る資格が無くなってしまいますよ」
 人目を惹く容貌と巧みな話術、そして貴族達にとって大切な地位と名誉。それらが全て備わっているというのに何が向かないというのか。それを指摘しているのだろう。ジノが言うのは尤もだと思う。
「夜会のような場は私などよりもお前のような人間の方が楽しめるだろう? だが、そうだな……兄弟の誕生日に行われる誕生会には出席することもある」
 皇族の誕生会はきっと盛大なものなのだろう。スザクには想像することすら出来ない。
「ああいった華やかな場は確かに楽しむところではあるのだろうが、その一方で謀略と駆け引きの場にもなり得るからどうしても警戒してしまうんだ」
 それは皇族に生まれた者にとって付きまとう運命のようなもので避けることの出来ない仕方のないことだった。そうしたものから自分の身を護る為の手段を身につけなければ周りに良いように利用されてしまう。ルルーシュはそれを警戒し、危惧しているのだろう。
「全く以て煩わしい場だよ。私のような出自だと特にな」
 もちろんそのような場を好む皇族も少なからず存在する。しかしそれは力のある者達が大半だ。第一皇子や第二皇子、第三皇子はまた特別として彼らは積極的に夜会へと赴く。後ろ盾が多いのだから当然招待される機会も多い。
 その中で少々異質なのは第三皇子くらいなものだろう。皇族であり、力のある皇妃を持つにも関わらず芸術への道を突き進む彼は自ら夜会を開き、精力的に活動していた。ある意味自身は皇族覇権争いには参加しておらず、だからといって生きていくのには困らないといった独自の路線を切り開いている。
 もちろんルルーシュにはその選択肢を取ることが出来ない。初めからそんな選択肢は与えられていないのだから。その尤もたる原因の一つは決定的な後ろ盾を持たないからだ。以前はアッシュフォードといった貴族らが皇妃マリアンヌを支援していたが、マリアンヌが死してからは次々と力を落とし、没落していった。一人遺されたルルーシュは自らに宿る才能について知り、そして皇帝からの信頼と寵愛を受けた。だからこそルルーシュは多くの敵対者達に狙われることとなったのだ。
「ですが殿下、そろそろそうした場に姿を見せなければ彼らの不満は積もるでしょう」
 ジノの言葉もまた正しい。貴族たちは表に姿を見せない皇族のことを好き勝手に想像し、あることないこと関係無しに周囲と噂する。それがゆくゆくはマイナスになりかねないというのだ。
「それは承知している。だからこそ今後の出方は慎重に選ぶ必要があるだろう。一月のシュナイゼル兄上の誕生会には正式に招待されているしな」
 皇帝に最も近いとされる第二皇子シュナイゼルの誕生会に最近台頭してきた皇妃マリアンヌの嫡子第十一皇子ルルーシュ。二人がもし手を組んだとすればシュナイゼルの次期ブリタニア皇帝への道は揺るぎのないものとなる。そうなれば第一皇子、第二皇子らを支援する貴族達にとっては大変な衝撃となるだろう。そして大きな痛手となることは間違いない。
「まぁそれも様々な憶測を呼ぶでしょうけれどね」
「結局何をしたところで貴族達は噂好きで暇なだけだ」
 そう、結局は何をしても噂になるのだ。今現在の時点であっても貴族達だけでなく同じ血を分けた兄弟達ですら何か勘ぐっている節があるのだとルルーシュは云う。全く皇族や貴族とは難しいものだ。しかし、自分もその一員となってしまっていることを忘れてはならない。
 そうこうしている内に一行は皇帝の待つ謁見の間の前まで辿り着く。
「お前達は此処で待っていろ」
「イエス、ユア・ハイネス」
 どうやら二人きりで話があるようで、いつもならば自分達も共に謁見するのだが、今回は外で待っているようにと念を押された。一体何の話をしているのかは解らないが、とにかく出てくるのを待つしかないのだろう。
 パタリ、と扉が閉まり、衛兵が両側から扉を見張る。それを見届けてジノはスザクを見下ろした。
「……なぁ、スザク。お前、殿下と何かあったか?」
 浮かない顔をしている、と指摘されスザクは顔を上げた。
「えっと……まぁ、あったといえばあったのかなぁ」
 曖昧に濁らせればジノは目を細める。
「何だ? その曖昧な返事!」
「謁見には時間が掛かるって殿下も仰っていたから……ジノ、エグゼリカ庭園でも行こうか」
 突然のスザクの提案にジノは一瞬呆気にとられたような顔でスザクを見たが、すぐにスザクが何を云わんとしているのか気が付いたのか、大げさな身振りで返事をする。
「エグゼリカ庭園……な。良いぞ! 男二人でエグゼリカ庭園! アーニャには悪いが此処で暫く待っていてくれないか?」
 ジノはニカリと笑みを浮かべてみせる。男二人で庭園に行って何が悪いか。此処では誰に聞かれてしまうか分からないし、だからといって隠しておくのも難しい。それならば外で話した方がきっと気持ちもすっきりするだろう。
「……わかった。待ってる」
 アーニャは無表情のまま頷いた。二人は彼女に目線を送ってから謁見の間をそのまま後にする。エグゼリカ庭園は此処から程近かった。勿論庭園自体はとても広いのでこちら側とは逆側の端へ行ってしまうと、とてもではないがすぐには戻って来られないだろう。それでもそれ程離れたところに行く必要は全く無いのだから特に問題は無い。
「まぁ確かにあんな場所じゃ誰が聞いているか分からないしな」
 皇宮内は何処も油断出来ない。特にあの場所は皇帝への謁見を賜る場所なのだから監視が厳しいのは当然のことだ。そうはいってもナイト・オブ・ラウンズならばその権限を以て監視をどうにかすることは出来るかもしれないが、そこまでするのは少々憚られる。
「うん。それにこの話は僕ではなくルルーシュ殿下の名誉に関わる……と思う」
 皇帝より従うことを義務づけられた皇子の噂を流すなど以ての他だ。それにルルーシュにとって不利な情報を流すのはスザクには絶対に出来ないことであるからこそ、信頼出来るジノにだけ話すことを決めたのだ。ちなみにアーニャのことも信頼してはいるが、彼女に話せないのは単に内容が内容だからという理由からだ。
「スザク……お前、殿下に何したんだ?」
 エグゼリカ庭園にはすぐに到着した。自然を人工的に再現したイングリッシュ庭園は草花が生い茂っているように見えるが、全てが庭師によって計算された完璧なる自然の模倣だった。
 勿論庭園内の薔薇園などはフランス式の整えられたものだったが、この場所は違う。小川には水がせせらぎ、小鳥が辺りで歌を披露する。柔らかな秋の日差しはどこかこれから来る冬の冷たさを含んでおり、もうすぐ訪れるであろう冬の始まりを予感させる。
「…………抱いたんだ」
 スザクはぽつりと告げた。それ以外に説明のしようがないのだから仕方が無いと思う。
「…………はぁ?」
 ジノは意味が分からない、とばかりに間の抜けた声を上げた。そして暫くの沈黙の間、二人の間には小川の流れる清々しい音だけが響いていた。
「だから、ルルーシュ殿下のことを抱いたんだよ」
 今度はもう一度はっきりと伝わるように説明する。そうすればジノの表情は厳しく変化した。
「お前、それ本気で言っているのか? 皇族に手を出したと言っているんだぞ。しかも同性の」
 全く以てその通りだった。そしてそれが禁忌であるということも勿論頭では理解していた。
「…………勿論だよ。解っている」
「何で、そんなことになったんだ? 殿下はこの皇宮に戻って来た時、お前のことを余り良く思っていないようだったじゃないか。それともまさかお前が無理矢理犯したとかそんな莫迦なことは言わないよな?」
 ルルーシュを三人でこの皇宮へと連れ帰った時のことを忘れたとは言わせないぞ。ジノはそう続ける。そう、ルルーシュはあの学院で同級生たちに無理矢理犯されたのだ。そしてスザクは彼らの行いを否定した。もし、スザクがルルーシュを無理に犯したのならば自身も彼らと同じだとジノの前で自ら宣言したも同然ということになる。
「勿論合意だったよ……。殿下には僕が〝特別〟だと言われた」
「特別…………?」
 一体何が特別だというのか、ジノは眉を寄せながらスザクの顔を覗き込む。青みの澄んだ碧眼がスザクの翡翠をじっと見詰めた。
 ふわり、と風が吹き、二人のマントがそれぞれ翻る。近くに咲く秋の花々の薫りがそっと風にのせられ鼻を擽る。
 そんな中、スザクはゆっくりとその時のことを話し始めた。
「どういう意味なのかは僕にも解らない。けれども僕には他の人が持たない〝力〟があると仰っていたよ。そしてルルーシュにも同様の能力がある、と」
 そう、未だにスザク自身もその言葉の意味が解っていない。ルルーシュが力を使ったとされるキュウシュウでは多くの人が死んだ。ルルーシュが持つ力がもし、人を殺す力だというのならばスザクには一体どんな力が眠っているというのだろう。
「…………なぁ、お前知っているか? このブリタニアにおいて民衆達の信じるものを」
 一体突然何の話だろう。スザクは疑問に思いながらも率直に答えた。
「……絶対的な君主である皇帝陛下だろ? でも何で突然」
 この国で唯一絶対の存在はこの国を治める皇帝ただ一人の筈だ。それ以外に何かあるというのだろうか。
「良いから聞いてろよ」
 ジノはスザクに目配せすると、話を続けた。一体これが自分とルルーシュとの関係に一体何か関係あるのだろうか。全く以て見えない関連性にスザクは眉を顰めた。
「そう、確かに民衆達は皇帝陛下を信じている。私たちも皇帝陛下に忠誠を誓っている。しかし、それは実在する人物の話だ。そうではなく宗教の話をしよう」
「……宗教?」
 本当に唐突過ぎて思わず聞き返してしまう。本気で言っているのか、と。実在する人物の話ならともかく宗教となれば話は大きくずれていくような気がするのはきっと勘違いではない筈だ。
「そう、宗教だ」
 それでもジノははっきりとそう繰り返す。スザクは仕方ないと溜息を吐き出しながらジノの問いに答えた。
「キリスト教……かな。僕の通っていた学院にも礼拝堂があったし……。聖母マリア像も確かに置かれていたよ」
 スザクはすぐに退学してしまった為に参加はしていないが、学校行事でもそういったキリスト教関連のものが幾つかあったようだった。街を歩いていてもやはりキリスト教文化圏的な風習が随分と見られる。そういった意味でブリタニアにはキリスト教の文化が広く浸透しているのは間違いない。
「そうだ。庶民だけではなく、貴族もそういった信仰文化が根に残っている。譬え表面上では無宗教を装っていてもな」
「それにブリタニア国家正式名称だって〝神聖ブリタニア帝国〟だろ? 神聖ってたしかローマ教皇によって皇帝が戴冠されて初めて名乗ることの出来る称号だったと思うけれど?」
 ジノの話を補足するようにスザクは付け加えた。
「ああ。その筈だった。だが、あのシャルル皇帝陛下がそんなことをしたと思うか?」
 確かにあのシャルル皇帝が態々自らローマへと足を運び、神や大司教からの祝福を受けるなどとは少々考えづらい。そもそも彼がキリスト教をそこまでする程に心から信じているとは思えない。
「陛下を含むこの国の皇帝はきっと昔からローマに態々出向いて戴冠式など行ってはいないだろう」
「じゃあローマとは関係していないということ?」
 ジノの言葉にスザクは瞠目した。しかし本当にこの話とルルーシュとが関係あるのだろうか。
「そういうことだ。そしてそもそもブリタニア皇族はキリスト教を信じてなどいないんだよ」
「え…………? でも騎士の叙任なんか忠誠ヨーロッパの儀式そのものじゃないか」
「それは表面上の慣習だけが残っているんだろう。そうでなければ叙任の際こう付け加えなければならないだろう。〝神と聖ミカエル、聖ジョージ、そして我が名に依って我汝を騎士となす〟とな」
 キリスト文化圏では皇帝よりも神の方が位が高いのだ。そう――神あっての皇帝。ブリタニアは果たしてそうだろうか。
 ジノは簡単に説明してみせるが、皇族が宗教を信じないからといって何だというのだろう。全く見えない話の流れにスザクは困惑していた。
「まぁそれは置いておくとしても此処からが本題だ」
 どうやら今までの話は本題ではなかったらしい。ジノは一度そこで仕切り直すと、ようやく本題らしい話をし始めた。
「そして私がロロ・ランペルージと友人だったことは知っているだろう?」
 ロロ・ランペルージ。スザクは彼に会ったことが無い。それはスザクがルルーシュと知り合うよりも以前に彼が命を落としたとされているからだ。そしてそれを更に突き詰めて説明すれば、ルルーシュ自身が学院で彼を殺したのだと証言していた。
「彼は機密情報局の諜報員でルルーシュのことを監視していた」
 ロロ・ランペルージはルルーシュの従弟としてルルーシュと共に生活していたのだという。しかし実際のところ彼は機密情報局の諜報員であり、ルルーシュとは全く以て血縁関係はなかったらしい。
「そうだ。その彼は自分たちを動かしているのは皇帝ではなく〝嚮首様〟だ、と零していたんだ」
 初めて聞く単語にスザクは顔をパッとジノへと向ける。皇帝によってルルーシュを監視――つまりは護衛する為にロロが付けられたのだと勝手に推測していた。そしてそのことを疑いすらしなかった。しかし、ロロは皇帝に仕えていた訳ではない……?
「嚮首……様?」
 一体それは何者なのだ、と訊ねればジノは左右に首を振ってみせた。
「詳しいことは解らない。しかし嚮首、嚮団、そういった単語が彼の話に何度か出てきたよ。神という存在と共にな」
「……神、だって……?」
 そこでようやく話が一つに繋がった。神という存在に〝嚮首〟そして〝嚮団〟という存在。それは何だかルルーシュと関係しているように思えた。そうしてスザクは思い出したのだ。
「――待って、確かルルーシュが軍総司令官に任命された日、彼は言っていたよ。〝ずっと嚮団に管理されていた〟って!」
 記憶の糸を手繰り寄せ、思い出してみれば確かに彼はそう言っていた。あの時は苛立ちと憤りとそして焦り。様々な気持ちがスザクを興奮させていた所為で気が付かなかった。そんな重要なキーワードが彼の言葉に含まれていただなんて。彼もそれ以降その言葉を口にしてはいないからやはり彼もあの時かなり苛立っていたのだろう。そして少しずつ打ち解け合い始めた今ですらそのことをスザクに話そうとはしていない。
 嚮団とはつまり皇帝やルルーシュが隠しておきたい存在なのだろう。
「繋がってきた、と思わないか?」
「うん、何だか世紀の大発見をした気分だね」
 本当にまさかこんなにも全てが繋がっているなど誰が思うというのだろう。一つ一つの事象はばらばらなものなのに全てが一本の糸で繋がれているように関係しているのだなんて。
「まだ何も分かってないんだから大発見はしてないけれどもな」
 そう、まだこれはほんの僅かな切っ掛けに過ぎない。それらの一つ一つが何を表しているのか的確に解明していかなければこの全体の繋がりが見えたというだけで終わってしまう。
「この繋がりに気が付いただけでも僕にとっては大発見だよ」
 それでもスザクにとってこの一歩はとても大きなものだと思う。それに気が付かせてくれたジノには感謝しなければならないと思うくらいだ。
「とにかく、お前の話と私の推測を合わせて纏めるとこういうことになる――ルルーシュ殿下はコルチェスター学院でロロに監視されていた。そして学院でロロは死んで、その原因になったのがルルーシュ殿下。ルルーシュ殿下が実際に過失で殺してしまったのかどうかは良く分からないけれども、殆どそれと同じような状況であるということはルルーシュ殿下自身も認めていた。ロロといえば彼は嚮団にいるとされる嚮首を仰いでおり、その嚮首は神を信じているらしかった。しかしロロは結果的に死んでしまった為、その事実を確認することはもう出来ない。それから一年後、ルルーシュ殿下が事件に巻き込まれたことにより学院を私たちと共に去った。そうして次に殿下が姿を表に表した時、殿下は記憶がおかしくなっていた。だが、誰もそのことに触れる人は存在しない。それと同時に皇子として公式的にブリタニア軍の総司令官として任命されて、私たちを護衛に付けた。そしてスザク、お前に〝ずっと嚮団に管理されていた〟と話した」
 ジノは簡単に今までに解ったことを纏めてみせた。やはりどう考えても偶然とは思えないくらいに繋がっている。スザクはその事実に驚き、そして息を呑んだ。この物語には自分やジノ、アーニャも関わっている。望んでいようがいまいがこの何らかの大きな計画のようなものに間違いなく自分達も組み込まれてしまっていることは決して否定出来ない。
「その通りだよ。そしてこの間の夜、僕に抱かれた。僕のことを特別だと言ってその力が欲しいと」
 そう告げ、彼は自分に抱かれたのだ。それは一体何を示している?
「それでその力っていうのは?」
「僕にも解らないんだ。確かにナイト・オブ・ラウンズに入れるくらいの能力はあるんだろうけれども、君やアーニャが持たないものを持っているって言われたんだ」
「ということは戦闘能力のことではないような気がするな。私はKMFでお前に負けたつもりはないし」
「僕だってそこまで自信家じゃないよ。強さならばナイト・オブ・ワンのヴァルトシュタイン卿がいるし……」
「確かにそうだな。私もワンには勝てる自信は未だ無いな。いつかは勝つつもりだ、といってもな」
 ジノは肩を竦めてみせる。しかしその表情はいつか挑戦するのだというやる気に満ちていた。
「それに何故力が欲しいといって抱かれる? もし、彼がスザクを陛下に借り受けた護衛としてではなく、自らの選任騎士として欲しいのならば、態々抱かれなくともその話を提示すれば良いだけの筈だ」
 それはその通りのことだった。スザクという存在を手に入れたいのならばもっと確実な方法をとるべきだと思う。恋や愛といった不確定な方法で手に入れようと思うこと自体がルルーシュらしくない。
「それとキュウシュウへ行った時のことやそれ以外での戦闘、それに彼を暗殺しにきたとされる暗殺者が次々と死んでいったことを憶えているだろう? ……彼自身も言っていたけれど、ルルーシュも特別な力を持っているならそれは一体どんな力だと思う? もしそれらの場で力を使ったというならその内容は絞られてくる筈だ。あれ程大勢の人間が、僕たちが目を離した隙とも呼べる短時間であんなに簡単に死ぬ訳がない」
 それははっきりと言えることだろう。ほんの五分や十分程度の時間内にKMFに乗ることも無くたった一人で数十人、数百人を殺すなど。
「……ああ、私はスザクがラウンズに入るより前からナイト・オブ・ラウンズとして今まで多くの戦争に参加してきたが、あんな出来事は初めてだった……」

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