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False Stage3-06

GEASS LOG TOP False Stage3-06
約14,793字 / 約26分

 サロンへと続く扉を開けた時、目に入り込んできた光景にスザクもルルーシュも絶句した。大人も子供も、男も女も関係無く銃弾で躯を打ち抜かれており、息絶えている。無残な姿にスザクは眉を顰め、内部へと足を踏み出した。コツリ、と静寂の中に足音がまばらに響く。
 無差別に発砲されたのだろう。建物を支える為に均等に立っている柱には銃弾により削られたような痕が幾つも垣間見えたし、クロヴィスが花を生けた花瓶は粉々に砕け、色鮮やかな花々は床へと散乱していた。
 ルルーシュはスザクの後へとゆっくりと続いていく。ジノとアーニャはそんな彼を背後から護るようにして辺りを警戒した。
 立ち籠める血と火薬の匂い。床には豪奢な衣装を纏った貴族達が重なるようにして倒れている。
 ルルーシュの様子を確かめようとスザクは一度立ち止まりゆっくりと振り返った。すると彼は無表情に辺りを見渡し、静かに目を閉じた。
「……ルルーシュ…………」
「……ここで母が死んだんだ」
 ポツリと洩らされた言葉はスザクにとって初耳の事実だった。ルルーシュの実母マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアはこの場所で暗殺されたのだという。
「ジノ、アーニャ。お前達も皇帝のギアスにより記憶を書き換えられている」
 思わぬ言葉に当事者であるジノやアーニャだけでなく、スザクも目をむいた。
 ミレイが疑問に思っていた正体はまさにこのことではないだろうか。皇帝のギアス――記憶の改竄は予想以上の規模で使用された可能性が高いということだろうか。
「私たちも……記憶を?」
「そうだ。皇帝のギアスは俺たち……俺と実妹であるナナリーの存在を知る者ほぼ全員に施されている。内容は恐らくナナリーという存在を消すこと、母の死の真相、そしてブリタニア皇族であった〝リ家〟の存在自体の抹消」
「〝リ家〟ですか……?」
 スザクもその名前を聞いたのは初めてのことだった。しかし長年ブリタニアにおいて貴族として過ごしてきたジノでさえその名前には首を傾げている。
「ああ、母とナナリーは俺の異母妹に殺されたんだ。名前はユーフェミア・リ・ブリタニア」
「しかしそれが本当ならマリアンヌ様や殿下の妹君は子供に殺されたということになりませんか……?」
 そう、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアが暗殺されたのは今から九年も前の話。当時ルルーシュは九才であり、その
彼の妹であるということは少なくとも彼より年下であるということを表している。
「そうだ。母とナナリーは十才にも満たない子供に殺されたんだよ。皇帝のギアスによって記憶を書き換えられ、そして操られていたんだ」
「そ……んな……」
 誰もがマリアンヌ后妃の暗殺をテロリストの手によるものだと信じて疑っていなかった。しかしよくよく考えてみればそれはおかしな話だった。皇族が住まう宮殿にテロリストが易々と侵入出来る筈がない。幾ら彼女が庶民出の后妃であったとしても警備がそれ程ずさんなものだったとは思えない。
「そして俺がユーフェミアとその実姉であるコーネリアを殺した……。ギアスの力でな……」
 ルルーシュは右手で左眼を押さえながら苦しげにそう吐き出した。ルルーシュにそんな過去があったなど思いもしなかった。これが、彼が死にたいと願うようになってしまった最たる原因なのだろう。苦痛に満ちたその表情にスザクは今すぐに彼のことを抱きしめてしまいたいという衝動に駆られる。
「ルルーシュ……っ」
 しかしこんなところでそのような行動を取れる筈もなく、実際には彼のことを想って名前を呼ぶに留まった。
「だからもうずっと前から俺の手は血で汚れていたんだ。お前達が騎士になるよりもずっと前にな……」
「ルルーシュ様…………」
「さぁ、とにかく行こう。何処かに隠れているであろうV.V.を見つけ出さねば」
 ルルーシュは気を改めるように前へと向き直り、奥へと進んでいく。
 足元には倒れ込む人々がひしめき合い、それを避けながら歩き広間の中央まで辿り着く。天窓から月明かりが差し込み、淡く室内を照らす。ルルーシュはその場所から部屋の全体を見渡すと、ある方向へ視線を向けたまま動きを止めた。
 スザクはそんな彼の視線の先へと目を向ける。そうして視界に入って来た存在にそっと息を潜めた。
「そん、な」
 ルルーシュはそちらの方へと歩み柱の陰へと倒れ込む一人の青年の前で足を止めた。
「…………兄上…………。あなたも、俺よりも先に……逝ってしまったのですね」
 この国の宰相の姿を見下ろし、僅かに腰をかがめると目を細めた。
 ナイト・オブ・ナインとグラストンナイツの数人が彼のことを庇うようにして倒れている。それでもシュナイゼルのことを護りきることは出来なかったのだろう。
「シュナイゼル殿下もクロヴィス殿下も……」
 すぐ近くにはクロヴィスやオデュッセウスたちの姿もあり、ルルーシュは目を眇めた。
 何故こんなことになってしまったのだろうか。もしかするとこの離宮で生きているのはもう自分達だけかもしれない。この突然の惨事に彼に掛ける言葉はなかった。
 黙ってその背中を三人の〝皇帝の騎士〟たちは見ていることしか出来なかった。ルルーシュが長い間このアリエス宮を空けていたといってもそれは兄弟のことを嫌ったからという訳ではないのだろう。先程まで盛大に開かれていた誕生会でシュナイゼルやクロヴィスたちはルルーシュとの仲の良さを際立たせていた。少なくとも自分にはそう見えていた。
「……V.V.が絶対に何かを知っている。捜すんだッ、捜し出して聞き出してみせるッ!」
 ルルーシュの言葉は推測などではなく確信に近いものだった。自分達の知らないことを知っているのは彼しかいない。それを何としても聞き出さねばならない。
「スザク、ジノ、アーニャ――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる……全力でV.V.を捜し出せッ、そして俺の前に引き摺り出すんだッ」

――イエス・ユア・マジェスティ

 三人は一斉に返事をするとそれぞれV.V.の居場所を捜す為に走り出す。ルルーシュは独り広間の中心で天窓を仰ぎ、瞼を伏せた。
「…………ナナリー…………」
 ゆっくりと目を開き、そうして絞るように紡いだ名は最愛の妹のものだった。

* * *

 思えばいつからこんな気持ちだっただろう。ギアスの力を手に入れた時? それとも兄弟同士の殺し合いが始まったあの時だろうか。
 焦燥と苛立ち。それからどうしようもなく欲しいものを手に入れたくなるようなそんな感覚。これを一体何と表現すれば良い?
 記憶を書き換えられ、そして皇帝に操られていた。それでもそれが自分の意思であったと信じ続け、こうして記憶を取り戻した今、やはりそれが自分意思であったのだと信じずにはいられないこの状況。そうでなければ自分はこの先何を信じれば良いというのだろう?
 記憶を書き換えられ、そして酷い態度を取ったにも関わらずスザクはそんな自分自身を受け入れてくれた。それなのにどうすれば自分で自分自身の存在を否定することが出来るというのだろう。
 死ぬことは怖くない。その思いが嘘だということに気が付いたのはきっと彼に出会ってからだ。それまでは死ぬことは怖くないと思っていた。思い込んでいたのかもしれない。それが自分自身を騙す為の嘘だったということすら気が付かずに。
 しかしそれが自分に吐いていた嘘だったということに気が付いたのはスザクという存在に出会ってからだった。自分の生を望んでくれた彼がいたからこそ、少しでも〝生きたい〟と願うことが出来た。
 それなのに――それでも耐えられなかった。真実の記憶を取り戻し、幼い頃の悲劇を再び垣間見た。そして父である皇帝を殺し、もう心は疲れ切ってしまっていた。
 そうして思ったのだ。〝死ぬのならばスザクの手で死にたい〟と。何と自分勝手な願いだろう。何て彼のことを顧みない欲望なのだろう。それでも最期はスザクと共に迎えたいとそう思ってしまった。

――そしてスザクにギアスを使った

 スザクにギアスの力を使ってしまった。それは裏切りだと思う。友情だけではなく彼の気持ちを利用し、裏切った。
 だからこの結果は罰なのかもしれない。不死という力は確かに遠い昔から人々の求め続けてきた力だ。しかし実際手に入れたらどうだ? こんなにも苦しく、惨い呪いなどきっと他にはない。愛する者の死を全て見届け、それでも自身は死ぬことを許されない。それはきっと自分が死ぬよりも苦しいことなのだろう。
 この呪いの力にはきっと皇帝やV.V.が関係している筈だ。ギアスの力が何らかの繋がりを持っているのは間違いない。しかし肝心の皇帝をこの手で殺した今、残る手がかりはV.V.だけだ。
「……はは……ッ、俺は、莫迦だな……」
 最愛のナナリーのことを思い出し、そして彼女の死という事実に再び絶望した。既に死した彼女のことよりも優先させるべきは生きているスザクだった。そんな簡単なことに気が付かず、彼を傷つけてしまった。
「……済まない。スザク……」
 ルルーシュは辺りに倒れこんでいる死体の数々を見渡し、その中にシュナイゼルやクロヴィスたち以外の他の兄弟の姿を見つけ出す。直前に逃がしたミレイは無事だっただろうか。フランスに留学していた彼女はきっとこの宮殿での不自然さに気が付いただろう。そしてナナリーのことにも。
「済まない、ナナリー。……母さん、ごめんなさい……」
 ギアスの力を手に入れた直後、母の死が始まりだった。あの時、まだ幼かった自分たちに選択肢はあったのだろうか。唯一と思っていたその方法が間違っていたというのなら、どうすれば良かったというのだろう。
 これほどまでに過去という過ぎ去った時間に囚われ、今という時間を送ることすらまともに出来ない。そんな自分が誰かを幸せにすることなど不可能だった。だから最初から望むことなど諦めていれば良かったのに。それでも願わずにはいられなかった。彼との優しい時間を。
「今更感傷に浸るなど……馬鹿げているな」
 後悔するにはもう手遅れだった。だからこそ前に進まなければならない――今度こそ。
 決意を胸に静かに独り佇んでいると、不意に小さな物音が響く。そしてその小さな音に反応するように顔を上げる。そこには見知った姿があった。
「ビスマルク、お前も生きていたのか?」
 アーニャと共に姿を現したビスマルクにルルーシュは瞠目した。
 皇帝を殺した時、ビスマルクは彼の傍には居なかった。それ以前にビスマルクはこの会場に足を踏み入れていない筈だった。彼は別件でこの夜会は欠席する旨を伝えてきたのだ。それなのに彼はアーニャと共に姿を現した。
「ええ、私はこの場には居りませんでしたから」
 やはり記憶通り彼はこの場にいなかったようだ――少なくともこの広間には。
「では何処にいた? この惨事に逃げ出したとは言わせないぞ」
 眉を顰めながら追求すれば、彼は表情を変えることなくこちらへと近寄ってくる。その後ろに佇むアーニャはひと言も声を発しようとはしなかった。
「ルルーシュ様、私は陛下の命令に従ったまでです。全ては陛下の御心のままに」
「ふっ、しらばくれるつもりか」
 そう零せばビスマルクは僅かに口許を持ち上げ、笑みを浮かべてみせる。そんな彼の余裕な態度にルルーシュは眉間の皺を深くした。
「いいえ、この事態を陛下は予測しておられました。だからこそあなたに近寄るな、と。私には役目がありましたから。次期皇帝に仕えるという役割が」
「……何だと…………?」
 思わぬ彼の言葉にルルーシュは片眉を上げ、紫紺を細める。
「しかしその為にはあなたを護衛する役目を仰せつかったナイト・オブ・スリーとナイト・オブ・セブンが邪魔になります。彼らの役目は既にあなたにとって不要なものですから」
「一体、何を…………」
 ビスマルクは何を知っている? 皇帝は自分に殺されることを知っていた? そしてその上でビスマルクに命令を下していた?
「これは全て陛下のご意思。そうですね、マリアンヌ様」
「ええ、そうよ。私の〝死〟以外は全てシャルルが望んだことよ」
 今まで静かに口を閉ざしていたアーニャから発せられた言葉は信じられないものだった。
「アーニャ……君は何を言っているんだ……?」
 何故ビスマルクの問いかけに彼女が答えるのか。全くもって意味が解らなかった。
「ルルーシュ、逢いたかったわ。今はアーニャ・アールストレイムの身体を借りているからすぐには信じられないかもしれないけれど、私はあなたのお母さんよ」
 アーニャの口から出た言葉は到底信じがたいものだった。
「母さん…………? まさかそんなこと……母さんはあの時ユーフェミアに殺された筈……」
 有り得るはずがない。母であるマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアは九年近く前の昔に殺された筈だ。そんな彼女がアーニャの身体の中に宿っているだなんて誰が信じられる?
「そのまさかなのよ。九年前私は殺された。でもね、一つだけ間違っているわ。私はユフィに殺された訳じゃないの。私のことを撃ち殺したのは彼女ではなくV.V.よ」
「え…………?」
 彼女は今何と言った? V.V.が母を殺したと? ユーフェミアではなく?
 ルルーシュは突如与えられた事実に驚愕の色を隠せないでいた。次から次へと信じられないような出来事ばかりが連鎖して、もう何を信じれば良いのかわからなくなってしまっていた。
「私は九年前、V.V.に呼び出されたところを撃たれたの。でも、その時このアーニャが傍にいてくれたお陰で肉体は死んでもこの心だけは助かったわ。何故なら私の持つギアスは人から人へ心を移すことの出来る力だったから。まぁそのことが分かったのはその時だけれども」
「……母さんも、ギアスを……持っていた? では本当にあなたは……」
 本当にこの目の前の彼女が母なのだろうか。今まで数々の信じられないような出来事を目の当たりにしてきたが、死んだ筈の母が今まで友人だと思っていた少女の中に存在していたなど想像するだろうか。
 そして父も母もギアスを有していた。この力が恐ろしいものであると知っていながら自分をC.C.と呼ばれる魔女の許に連れて行き、そしてその強大な力を受け継がせたというのか。そうだとしたらそれは何を表している?
「ええ、私もあなたと同じ、C.C.から能力をもらったわ。でも、全然発動しなくて才能が無いと言われたのよ。酷いと思わない?」
 クスリ、と微笑む様子は自分の知るアーニャのものとは全く異なり、寧ろ遠い記憶に残る母のものと良く似ていた。
 しかし、何故このタイミングでその母がどうしてビスマルクを連れて現れたのだろう。今日という日――自分の誕生日に何か特別なことがあるというのだろうか。
「ルルーシュ様、かつてマリアンヌ様はV.V.に殺されました。はじめは彼も同士でした。しかし彼は裏切ったのです」
 ビスマルクが静かに告げると、アーニャの姿をしたマリアンヌは一歩足を踏み出した。踵が大理石に当たり、コツリと音が響く。その様子をじっと見つめながらルルーシュは彼女の言葉を待った。
「そう、V.V.は私とシャルルの仲を羨んだの。そして私を撃ち殺した。私はV.V.のことをやり過ごし、アーニャの中で生き存えたわ。いつの日にか再び計画を実行することを願って。そうすればきっとV.V.とももう一度解り合えるようになると思ったの。そしてシャルルはあなたにコードを受け継がせる為の準備に取りかかった。V.V.が私を殺したことに怒ってね。計画を更に早めようとしたのよ」
 自分の持っている〝コード〟と呼ばれる力が元はC.C.のものであると断言する母をルルーシュは訝しむような表情で見詰める。
「コード、とは?」
「ああ、そうね。説明していなかったわ。コードとはCの世界へ直接干渉出来る者に与えられた印。さまざまな力を使うことが出来るようになるけれども、その力の一つはあなたも既に体験したでしょう?」
「まさか不死の力はコードという力によるもの……?」
「ご名答。あなたがシャルルを殺した時、シャルルがC.C.から受け継いでいたコードが継承された。そう考えるのが一般的ね。そうでしょう? ビスマルク」
「ええ、その通りです。陛下はルルーシュ様にコードの力を受け継がせるおつもりでした。そのタイミングが少し早まっただけのこと」
「じゃあ……何故俺は……俺にユフィを殺させたんだッ!?」
 ルルーシュは突如与えられた真実に声を荒げた。
 皇帝は死の間際、ユフィをギアスで操ったと話していた。何故何の関係もないユーフェミアが巻き込まれなければならなかったのだろうか。
「それは私たちの計画をシャルルに話さなかった所為よ。シャルルは私のことを愛していたの。だからラグナレクの接続さえ出来ればまた会えるといってもそれを聞かなかった。シャルルは私の役目をあなたに押し付けようとしたのよ。そしてそれが成功したという訳。V.V.より先にシャルルがC.C.のコードを奪い、そして何も知らないあなたに受け継がせた。――そう、些細な行き違いだったの。だから私たちはもう一度話し合ったわ。そしてシャルルの計画に賛同した。あなたは私やV.V.が思っていた以上にギアスに対する順応性があったから」
 つまり自分にギアス能力に対する才能があったから彼らは目的の為に自分を利用しようとしたということだろうか。そして〝ラグナレクの接続〟とは何のことだろう。さまざまな疑問と憶測だけが頭に浮かんでは消える。彼らは一体何を目指し、そして何をしようとしているのか。それが全ての鍵を握っている。
「ラグナレクの接続とは何です? あなたたちは何をしようとしているのですか!?」
「ラグナレクの接続とは人類の夢。人と人との垣根が消え、仮面で嘘を覆い隠す必要はなくなるの」
「そうして出来る世界を陛下は望まれていました。きっと優秀なあなたならばその意味を理解出来る筈です」
 マリアンヌとビスマルクは続けてそう説明した。それは信じられないような計画だった。
 嘘の無い世界。何も隠すことの出来ず、すべてが真実として共有される世界。それは果たして彼らの云う優しい世界だと本当に言えるのだろうか。途方もないようなその世界を実現すれば世界はどう変わる? 人と人との境目は最早無くなり、個体であることに意味を成さない。それは即ち生きていても死んでいても変化がないということになるのだろう。そんな世界を本当に人類が望んでいると彼らは考えているのか。
 母がそのような計画に加担していることが信じられなかった。父やV.V.の考えに賛同し、そして自らの死すらその計画の一部に過ぎなかったと本気でそう言っているのだろうか。それならばナナリーやユーフェミア、コーネリアの死は一体何だったというのだろう。ラグナレクの接続が成功すれば彼女らが戻ってくるとでもいうのだろうか。
「俺は……そんな計画には賛同出来ません。幾ら母さんがそれを望んだとしても、そんな世界を俺は……」
「ラグナレクの接続が成功しなければナナリーの死は無駄になるのよ。そう、ユフィやコーネリアだって。成功させなければ彼女たちはただの死人。もう会うことだって叶わないわ。でも成功すればもう一度話をすることだって出来るのよ」
「仮面の無くなった世界でもう一度話をしたところでそれが本当にナナリーの意思だといえるのですか?」
「ええ、ナナリーだけじゃない。ユフィやコーネリアだって望んでいるわ。あの時あなたが取った行動の意味もきっと彼女たちは理解し、許してくれる筈ですもの」
 彼女たちも望んでいるのだ、とマリアンヌは迷うことなく断言してみせる。しかし本当にそうだといえるのだろうか。母たちの進めている計画は人類の意思を反映しているように一見思えるが、実際のところは人類の意思を全て無視しているような節がある。そもそもたった数人の人間が何故世界の意思を酌むことが出来る? いや、それだけではない。
「……母さん、もし世界がそれを望んでいたとしても……少なくとも俺は……」

――その計画には賛同出来ません

「あら、何言っているのよ。あなたがいなければコードが二つ揃わないのよ。そうじゃなきゃシャルルよりも更なる適性のあるあなたにコードを渡した意味がないわ」
 ルルーシュの言葉をマリアンヌは一蹴する。そしてその次に紡がれた言葉にルルーシュは眉を寄せた。
 本当に母はこんな人物だったのだろうか。記憶の中の彼女は明るく快活で、それでいて后妃としての品の良さがある自慢の母親だった。しかし、それすら皇帝に書き換えられた記憶だとでもいうのだろうか。
「……それは本気でおっしゃっているのですか?」
「ええ、もちろんよ。あなたに計画を任せようと思ったのはあなたの方が才能を持っていたから。到達者となった時、その力を充分に発揮しなければラグナレクの接続も失敗するかもしれないでしょう?」
 深紅の眸を眇める母にルルーシュはグッと眉を寄せ睨み付けた。
「……やはり……あなたたちは俺のことを〝駒〟としてしか見ていなかったのですね……いや、俺だけではない。ナナリーやユフィ、コーネリア姉上……ここで死んだ人たち……全て計画を達成するためのゲームの駒。当人たちの意思を奪い去り、利用することしか考えていない……。それが人類の意思の統一? 俺には信じられません」
 戦場で兵士のことを駒として動かすのとは全く本質が異なるそれは、善意の押し付けとしか思えないものだった。だからこそ、認められるようなものではない。
「……良いわ。それならばそのコード、返しなさい。私が実行するわ」
「……コードなど俺は望んでいなかった。それを押し付け、都合が悪くなったら返せと? この力はあなたたちが持っていて良い力などではないッ!」
 世界を思うように動かしたいと思っているだけの彼らにこの力を渡してしまうのは極めて危険だった。確かのこの力は捨て去ってしまいたい。しかし彼らの手に渡すことだけは何としても避けなければならないだろう――愛する者を失いたくはないから。
「私たちの邪魔をするっていうのね、あなたって子はッ! ビスマルクッ!」
「……イエス、ユア・ハイネス」
 マリアンヌの声によってビスマルクは目の前まで迫っていた。その速さにルルーシュは目を瞠り、一歩後退しようとしたが、それもすぐに阻止される。
「うッ、あ……」
 首をグイと掴まれ、後方の壁へと勢い良く叩き付けられる。不死者といえど力が強くなった訳ではない、抵抗するには強すぎる相手だった。
「ルルーシュ様、マリアンヌ様にコードを」
 低い声で促すビスマルクの言葉をルルーシュは首を左右に振って否定する。そんなルルーシュの態度に冷たい言葉を掛けたはの母マリアンヌだった。
「いいえ、ビスマルク。その必要はないわ。私がギアスを使えば良いだけのこと。コードごとその身体を貰うわ」
「ッ、母さん」
 コードだけではなく彼女の持つギアスを使ってこの身体を奪うと宣言した母にルルーシュは目を見開いた。ビスマルクはそれに反対することもなく、ルルーシュへと顔を寄せると口端を上げる。
「残念です、皇帝にはあなたをと云われていましたが……」
「身体はこの子のものだから何も問題はいらないわよ、ビスマルク、さぁそのまま動かないように押さえていて頂戴」
「イエス、ユア・ハイネス」
 首元押さえる力を更に強めるビスマルクにルルーシュは小さく呻いた。目の前で自分のことを押さえつける彼の後ろにアーニャの姿をした母親がゆっくりと迫ってくる。
「あ…………ッ」
 アーニャの紅い瞳に鳥のような文様が浮かぶ。それを見てはいけない、と解っている筈なのに目は自然とそれを映し出してしまう。
「私のギアスは特別でね、コード保持者にも有効なのよ」
 ギアスの力には制限がある。しかし力が強まるごとにその枷は一つずつ外れていく。そして彼女はコードを持つ者にもギアスの力を使えるのだという。つまりこのままでは本当に身体ごと乗っ取られてしまうということだ。
(……どうする?)
 嘗て〝閃光〟と呼ばれた彼女に、そして目の前のナイト・オブ・ワンに力で勝てるとは到底思えなかった。それに何か別の策があるかといえばそんなものは存在しなかった。
(もう、駄目か……)
 生まれた時からその道筋を全て定められた人生だった。自分の意思で選んできたと思っていたことさえも皇帝の手のひらの上で転がされていただけだった。その上ようやく真実に気が付いたと思ったら今度は実母のよってその身体こそ利用されようとしている。
(……まさに絶望的、だな)
 ルルーシュは悟ったようにスッと目を細めた。入り込んでくる紅い光にその身を委ねようと強張っていた身体の力を抜いていく。
「ぐッ……!」
 その時だった。不意に自分とビスマルクとの間に影が横ぎったように思えた。そして気が付けば自分の首元を掴んでいたビスマルクの腕が外れた。
「え…………?」
「ルルーシュッ、何があったんだ!?」
「ご無事ですか、ルルーシュ様!?」
 突如現れたスザクとジノの姿にルルーシュは安堵していることに気が付く。スザクが助けに来てくれた。それだけでずっと心強さを感じるのは彼のことを信頼しているからだ。
「邪魔をしないで頂戴!」
 アーニャの姿をしたマリアンヌはジノへと隠し持っていたのだろう、短剣を向ける。
「どうした!? アーニャ?」
 何故アーニャに刃先を向けられるのか意味が解らない、とジノは首を傾げる。
「今はアーニャではない、ギアスの力で母さん……マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアがアーニャの身体に宿っているんだ、ジノ」
「それは一体……」
 またしても信じがたい事実を突きつけられ、ジノもスザクは瞠目する。
「おしゃべりなんて余裕ね。この〝閃光〟と呼ばれたマリアンヌに勝てるかしら?」
「……信じ難いですが……マリアンヌ様なのですね?」
 攻撃を仕掛けてくるマリアンヌにジノも差していた剣を抜きです。
「あなたにお相手願えるとは。しかしその身体はアーニャのもの。アーニャを人質に取ったおつもりですか?」
「そう思うのは勝手よ。使えるものは使う主義なの」
 ニコリ、と微笑む彼女は態勢を低くして、素早くジノ背後へと回り込む。
「早いですね……閃光の名は伊達じゃないということですか……」
 息を整えながらジノはニヤリ、と笑ってみせる。それは彼女が戦う相手として格別であるということなのだろう。
「私に勝てるかしら。こう見えても全然身体は鈍ってないのよ」
 マリアンヌはビスマルクへと視線を移す。すると彼は持っていた長剣の一本をマリアンヌへと向けて投げる。一体何のつもりだ、と思い視線をマリアンヌへと向けると、彼女はその柄をしっかりと掴み取った。
「さぁ、これで対等ね。かかってらっしゃい。稽古をつけてあげるわ」
 柄をクルリと回し、剣先を天へと向ける。そうしてにっこりと微笑む姿はまさしく騎士の姿だった。
 スザクはマリアンヌとジノを一瞥すると、ルルーシュを守るようにして近づく、しかしビスマルクが脇からそれを阻んだ。
「枢木、お前の相手はこの私だ」
 ビスマルクの長剣が向けられ、スザクは咄嗟に自らの剣を取り出し、その刃を受け止める。刃と刃が打ち合うキィンと響くような音が空間で響き合う。
「ヴァルトシュタイン卿!」
「貴様は何故陛下の騎士となった!? 忠誠心など欠片も無かったのは解っている!」
「確かに忠誠心は薄かったかもしれません、しかし僕は守りたいものを守るために手段を選ばなかっただけです!」
「ルルーシュ様を守る為か!?」
「ええ、それが僕にとっての!」
 二人がそれぞれの相手と戦う様子を交互に見詰めながらルルーシュはどうすることも出来ずに動けないでいた。
(ギアスが使えれば突破口はあったのに……)
 コードと彼らが呼ぶ力を受け継いでからギアスの力を使えなくなってしまったことには気が付いていた。もしまだ使用出来るのならばとっくに事態を打破していただろう。しかしどうやらコードを受け継いだ者はギアスの力を失ってしまうようだ。その所為でスザクとジノを戦わせなければならなくなってしまった。
(ビスマルクも母さんも手強いぞ……)
 皇帝の筆頭騎士であるビスマルクとその実力でナイト・オブ・ラウンズから后妃にまで成り上がったマリアンヌ。そのどちらも決して半端な実力では勝てる相手ではなかった。
「騎士たるもの、仕える主に忠誠を尽くすことがッ」
「それがルルーシュを傷つけるというのなら僕は!」
 力強い攻撃にスザクは一瞬怯むが、すぐに体勢を立て直すと、反撃に出る。
「結構筋が良いのね」
 マリアンヌはジノの攻撃をぎりぎりのところで躱し、剣を振るう。その表情は決して苦しいものではなく、この戦いを楽しんでいるようにさえ見えた。
「そう簡単には負けませんよ、マリアンヌ様」
「ええ、本気を出させていただくわ」
 マリアンヌは前傾姿勢のまま駆け出した。ジノは後方へと跳び、仕掛けられた攻撃を躱す。
 常ならばKMFによって行われる戦闘だが、やはりナイト・オブ・ラウンズとなると剣技もかなりのものである。目で追うだけで必死になってしまうくらいの素早さで剣が振りかざされる。
「あなたはシャルルの騎士なの? それともルルーシュへと鞍替えしたのかしら?」
「私は私の選んだ王にお仕えするつもりです。シャルル皇帝陛下が亡き今、私が自分の道を選んだまでです」
 ジノもきっと悩んで出した答えなのだろう。そして彼としてもラグナレクの接続は認められるものではなかったということだ。
 金属同士の擦れ合う音が更なる激しさを際立たせるよ。
「――ッ」
 マリアンヌの剣先がジノの腕を掠める。刹那、深紅の線がその白いスーツへと刻まれる。じわりと滲み出る血にジノは一瞬目を細めたが、気にすることなくすぐに剣を振るった。
「ジノッ!」
 気が付いたら彼の名前を叫んでいた。死なない自分とは異なり、ジノやスザクは命懸けの戦いに挑んでいるのだ。それなのに自分には何も出来ない。
「やっと普通に呼んでくれましたねッ、名前!」
 今まで頼まなければなかなか呼んでくれなかったのに。
 マリアンヌの刃を受け止めながらそうやってジノはニコリと笑んでみせる。そんな余裕さを見せつけられ、ルルーシュは更に不安が募っていくのを感じていた。
「こんな時に……ッ!」
 もっと戦いに集中してほしい。母であるマリアンヌの戦うところは幼い頃、模擬戦などで何度か目にしていた。あの強さは確かなものだった。油断出来る相手ではないのに。
「……ギアスが使えれば……」
 そうは思っても使えないものはどうすることも出来ない。ルルーシュは逸る気持ちを抑えながら二人のそれぞれの戦いを見守っていた。
 ジノの方からスザクへと目を向けると、彼は丁度ビスマルクの剣を受け止めたところで、ナイト・オブ・ワンと対等に戦うスザクにどうしようもない気持ちが募っていくのを感じていた。
「やるな、枢木。この私にこれを使わせるとは」
 ビスマルクは瞼を固定しているピアスへと指を滑らせると、素早くそれを外す。そうして開いた彼の目には間違いなくギアスの証が浮かんでいた。
(拙いッ、ビスマルクもギアス能力者だったのか!?)
 ギアスという超常の力は圧倒的な戦力差をもたらす。スザクはギアスの適性があるが、それだけではギアスの能力を持っているとはいえない。
「ギアスの力には負けません!」
 スザクは攻撃を仕掛けようと前へと駆ける。そして剣を振るい、それは彼の脇へと命中したように思えた。しかし次の瞬間、ビスマルクはその後方へと攻撃を避け、スザクはハッと目を見開く。
「ッ、次こそ!」
 すぐに体勢を立て直し、スザクはもう一度今度は反対側の胸部へと剣を突き出す。
「――何故ッ!?」
 しかし全ての動きを読まれているかのように避けられ、スザクは歯噛みした。
 コードを持つルルーシュには解る。あれは〝未来を読む〟ギアス。スザクの動きを先読みし、動いている。
(俺の力でギアスを無効化出来れば……)
 ルルーシュはジッとビスマルクの姿を見詰めながら策を練る。彼も自分の考えには気が付いているのだろう。時折視線がかち合うように感じられた。
 ルルーシュが一歩スザクの方へと近寄ると、ビスマルクの反応はそれよりも僅かに遅れていた。
(つまり俺の動きは読めないということか)
 コード保持者にギアスを使うことが出来るのはどうやら今のところマリアンヌのみ。それならば勝機はある。
 そわそわと落ち着かない空気が身を包み、そしてそれがコードによるものであるということは直感的に悟っていた。
(これが、コードの力……)
 不思議なインスピレーションが頭を支配する。眸を閉じれば見たことのないような光景が目蓋の裏に映し出される。ルルーシュは動きを速め、ビスマルクへと近寄ると、その腕を掴んだ。
「ビスマルクのことは俺が止める。だからお前はジノを!」
「ッ、解った。ルルーシュ」
 ルルーシュはビスマルクに〝記憶〟を送り込む。フラッシュバックのようなそれは相手を混乱させるのに役立つだろう。
「ル、ルルーシュ様……ッ!」
 ビスマルクの動きが止まる。そうして暫くすると彼はクタリ、と両膝を着いた。ルルーシュは彼の動きを封じたままスザクとジノの方へと目を向ける。
「ッ、ビスマルクを封じるなんて、やっぱりコードは有用ねッ、そのコードの力を奪えばラグナレクの接続はすぐそこだわ!」
 マリアンヌはもう一度ジノへと攻撃を仕掛ける。その時彼の隙を見つけたのだろう。彼女はニヤリと口許を緩めると、その場所へと剣を振るう。
「これでッ!」
 これで決まりだ、と言わんばかりの強気な表情にジノは慌てるどころか余裕の表情を見せる。様子がおかしい、とマリアンヌが気付いた時には手遅れだった。
「残念ですね。私は独りじゃない」
「ッ!」
 マリアンヌが振り返ると、後ろからスザクに腕を掴まれていたことに気が付く。先程までルルーシュと共にビスマルクを追い詰めていた筈の彼がいつの間に。マリアンヌはその焦りを隠すことが出来ないまま眸を細めて彼のことを見上げた。
「気配を悟らせないなんて、やるわね」
「ジノがあなたの気を逸らせてくれましたから」
 スザクはマリアンヌの腕の拘束を強め、しっかりと押さえる。そうしてジノが彼女へと近寄り、その眸を見ないようにしながら襟元へと手を伸ばす。グイ、とスタンドカラーを掴み、耳許へと顔を寄せるとそっと囁き掛ける
「アーニャを返してください。彼女は私の大切な友人。傷付けることは許しません」
「私にこの躯から出ていけというの?」
 悪びれることもなく問いかける彼女にジノは眉を寄せ、顔を顰める。
「ええ、その通りです。あなたは既に死んだ。それをいつまでこの世界に留まっているおつもりですか?」
「……諦めが悪いって言いたいのね。良いわ、あなたたちの勝ち。でもきっとラグナレクの接続はV.V.が成し遂げるわ。だから何れまた会える。それまで暫く休暇でも取ることにするわ」
 そう彼女が言い終えた直後、アーニャの躯がクラリと傾いた。
「アーニャッ!」
 ジノが彼女の躯を受け止め、スザクは彼へと全てを任せた。そして次の瞬間、ルルーシュが気が付いた時にはスザクに抱きしめられていた。
「…………スザク」
「ルルーシュ……ルルーシュ……ッ」
 肩の上へと顔を埋め、力一杯に抱きしめられ、ルルーシュは苦笑する。
「スザク、苦しい」
「駄目、離さないから」
 スザクに自分を殺させたことを彼は怒っているのだろう。力強く抱きしめられたまま、ルルーシュは少しだけその両手を彷徨わせてからスザクのことを労るように優しくその背へと腕を回した。
「…………済まない」
「君のことを……喪ったと思ったんだよ、ルルーシュ」
「ごめん…………」
「僕はもう君のことを喪いたくない。絶対に何があっても」
 そう告げたきり、黙り込んでしまったスザクの躯をぎゅっと抱きしめながら、その向こう側に見えるジノへと視線を移す。すると彼は少し照れたように笑みを浮かべてアーニャを姫抱きしたままこちらへと近寄ってきた。
「ルルーシュ様、V.V.は既にこの離宮から姿を眩ませたようです」
「……そうか。アーニャは無事か?」
 彼女は目を覚ましたようで眸をパチクリとさせながら、辺りを見回す。ジノは何と彼女に説明すれば良いのか判らないようで困惑したように肩を竦めた。
「後で落ち着いたら説明するよ」
 その言葉に彼女はそっと頷き、ジノへとぎゅっとしがみついた。

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