それでも信じたいから
ルルーシュはやはりゼロだった。
ナナリーを助けて欲しい。彼は電話でそう言って僕に助けを乞った。
しかしそれは電話で頼まれるような内容ではなかったし、今迄彼は僕に嘘を吐いてきた
――記憶が戻っていない振りをして僕を騙してきたのだ。それなのに自分の都合が悪くなると人に頼ろうとする。何て自分勝手で卑怯なのだろう。
せめて自分に、ユフィに、謝って欲しかった。そして今度こそ嘘を吐かず誠意を見せて欲しかった。だから僕は彼を枢木神社に呼び出した。彼と初めて邂逅したその場所で、彼と再びやり直したいという希望を込めて。
柔らかな日差しの中、緑に囲まれた枢木神社は昔のままの様相を呈していた。長い石造りの階段は神社の境内まで続いており、昔は良くルルーシュと二人で交互にナナリーを背負いながらその階段を行き来したことも良く憶えている。
彼は体力が無かったから、殆どスザクがその役目を担っていたけれど、始め彼はナナリーを背負うという特権をなかなかスザクに許そうとはしなかった。
目が見えない、脚が動かない。そんな少女はルルーシュにとってかけがえのないたった一人の家族だった。彼は独りでナナリーのことを護ろうとしていたが、いつしかそれにスザクも加わっていた。でも彼と再会した時、彼は僕のことを遠ざけているようだった。学園では勿論それで構わないと思った。名誉ブリタニア人と懇意だと知れれば彼に迷惑がかかるから。
けれども彼はそういった表面的なこととは別の意味で僕のことを遠ざけているように思えたのだ。親友であった筈なのに、何かとても大切なことを隠しているのではないかと、何となくそう思った。確かに自分も父を殺したことを彼に黙っていたのだから互いに隠していることはあったのだろう。それでも……彼がゼロでユフィを殺したと知った時、自分の中のルルーシュ像がガラガラと音を立てて崩れ去った。
綺麗で穢れのない皇子様。そう思っていたのに、彼は僕と同じで両手を血に染めていた。
そして裏切られたという想いがユフィの死と共に増幅した。
「……分かったよ。協力しよう。ナナリーは僕が護る」
「済まない……ありがとう、スザク」
ルルーシュのことをまだ赦した訳ではないけれどもユフィやナナリーならきっと彼のことを赦すだろう。赦せないのではなく、赦したくないだけだと言ったのは誰だったか。
僕はルルーシュの手を取るように腕を彼の方へと伸ばした。ずっとすれ違ったままだった僕たちはこうして再び手を取り合うことになった。
「ナナリーを連れて僕は姿を消す。その間に君は戦争を止めるんだ」
「ああ……」
ルルーシュは素直に頷く。初めからこうしていればユフィが死ぬことも無かっただろうに。けれども、もう過去に戻ることなんて出来ないということは充分過ぎる程、思い知らされていた。
彼に伸ばした手を彼はゆっくりと掴む。触れた手の平はほんのりと冷たくて、昔聴いたことがある言葉が思い出された。
手が冷たい人は心が温かいという話を聴いたことがある。では、彼の手よりも温かな手を持つ自分は心が冷たいのだろうか。
――そうかもしれない……。
ユフィは少なくとも自分にゼロの正体を告げなかった。彼女があんなにもゼロを信頼していたのはきっとゼロの正体がルルーシュだと知っていたからだろう。それなのに彼女は最期まで僕が学校に通えるかどうかという心配をしていた。
ユフィは本当に優しい人だった。そして、ルルーシュは言い訳どころか説明すらしてくれなかった。もっとどうしてこうなったのか言及するべきだったかもしれない。けれども彼が話そうとしないことは今迄の経緯から明らかだった。
彼は自分で全てを背負い込んでいるのだ。ゼロのこと、ユフィのこと、ナナリーのこと、彼自身のこと。
――そして僕のこと……
「最初から説明して欲しい。どうして君はゼロになった?」
「……スザク……」
「話さないとナナリーを助けることは出来ないよ。どうしてユフィが死ぬことになったのかも。言い訳でも良いんだ。君の言葉を聴きたい」
その言葉は間違いなく僕の気持ちだった。どうして、という疑問が多すぎて、質問し切れないくらいなのだ。全てを知らないまま手を取り合うことは、結局後々更なるすれ違いを生むことになることは今迄のことを省みれば確信出来る。
あの神根島でのことはユフィの死で頭に血が上っていた自分にとっては否定出来ないことで、それ以外の選択肢は考えられなかった。しかし、今ならばあの時よりも冷静に物事を判断出来るだろう。
だからこそ全て彼の口から聴きたかった。彼が自分に都合の良いように話してもそれでも良い。彼の言葉を僕は信じたい――ユフィのように。
――ルルーシュのことを信じたい。
それは彼が初めての友達だからだろうか。あの辛い時期を共に過ごしてきたからだろうか。それとも……。
浮かんできた言葉を否定するように首を左右に振る。
もう一度手を取り合えばこの気持ちを取り戻すことが出来るだろうか。彼へ抱いていた想いを。
「お願いだから……もう嘘は吐かないで……」
ルルーシュは静かに言葉を紡ぎ始めた。
もっと早くこの言葉を聴きたかった。
どうして僕達は道を違えてしまったの?
本当は互いに互いのことをこんなにも想っていた筈なのに。
いつからすれ違ってしまっていたのだろう。
今がやり直す最後のチャンスかもしれないから。
どうかもう一度信じさせてほしい。
――ねぇ、ルルーシュ……僕は……。