Blank Infinity
どうも最近調子が悪い。眩暈や頭痛、それから動悸。流行りの風邪だろうか。それとも寝不足か。
「はぁ」
ルルーシュは小さく溜息を吐き出す。この暗い気持ちとは裏腹にすぐ側の窓からはさんさんとした陽射しが差し込んでいる。あまりに清々しい陽気にこの心や身体に溜まったもやもやとしたものが流れ出てくれれば良かったのに。そんな風に思いながら机に突っ伏していた顔を上げればリヴァルの顔が現れた。
「っ…………!」
突然のことに悲鳴を上げそうになったところを何とか押し殺し、ルルーシュは声を裏返すことなく、リヴァルに尋ねた。
「……何か用か?」
「スザクがさ、お前に話があるみたいだったから。お前全然起きないから諦めたみたいだったけれど。ほんと大丈夫か? 俺に内緒で新しい遊びでも始めたんじゃないだろうな?」
リヴァルはここ最近常に寝不足気味であるルルーシュの体調を心配しながらそう告げる。自称自分の悪友だと言い切る彼は実のところかなりのお人よしだ。こうしてそっとルルーシュを起こしたのもスザクが自分に用があって起きるのを待っていたということを知ったら、自分がスザクを捜し回るだろうと思ったのだろう。それに加えて彼はルルーシュの体力の無さをも熟知しているのだから尚更だ。
「お前に黙ってそんなことはしないさ。それでスザクは?」
「そうだよな! 今ならまだ学園内に居ると思うぞ。一階のホールの辺りじゃないか?」
「悪いな。ちょっと行ってくるよ」
ルルーシュは告げると、重い足取りのまま教室の扉を開け、廊下へと出る。寝ている間にいつの間にか授業が終わっていたらしい。そしてそのまま暫く眠っていたのだろう。リヴァルはバイトまでの時間が微妙だから、と寮に戻ることもせずにそのままバイト先へ向かうつもりだったようだ。
何か用があるならばスザクも起こしてくれて構わなかったのに。そんな風に思ったとしても彼が自分を起こさなかったのは厚意であると判っているからこそ、温かい気持ちになる。
やはり彼をナナリーの騎士にすれば間違いは無いだろう。彼の強さと気遣いは女性にとってきっと魅力的なものだと思う。少し勉学が苦手なところなど然程問題にはならない筈だ。
「……スザク!」
階段を下り、玄関ホールを抜け、玄関口から出ようとしていた彼の後ろ姿を発見し、後ろから呼び止めた。すると彼は足を止め、ゆっくりとした動作でこちらへと振り返る。
「ルルーシュ……起きたの?」
「ああ、済まない。最近少し風邪気味みたいで……」
「風邪? 大丈夫かい?」
心配そうにゆっくりとこちらへ近寄って来るスザクにルルーシュは眉を下げて微笑する。
「ああ、そんなに大したものではないし、それより急いでいるのか?」
「ううん、一度生徒会室に寄ってからもう一度君のところへ戻ろうと思っていたから」
どうやら少し生徒会の仕事を片付けてから再び自分のところへと訪れるつもりだったようだ。それならばやはりスザクは自分に用があったらしい。丁度良い、彼と話すことを邪魔されない場所へ彼を招けばいい。
「ああ、俺もお前に用があるからスザク、俺の部屋に来ないか?」
「うん、お邪魔するよ」
そう、この間はスザクに伝えられなかった。ナナリーの騎士になってくれないか、と。話そうとしたところでスザクは軍から呼び出され、そのまま話は有耶無耶にされてしまった。スザクにならナナリーを任せられる。たとえスザクがゼロに賛同しないとしてもスザクがナナリーを護ってくれるならば、自分が消えたとしてもきっとナナリーは大丈夫だろう。
コツリと足音を鳴らしながら二人は共にクラブハウスを目指す。学園内にあるクラブハウスは校舎からもそう離れてはいない。学内ならば軍の呼び出しがスザクに向かう可能性もあるが、自分の部屋ならば軍もスザクの居場所を特定することは出来ないだろう。――いや、そこまでしてスザクを捜す利点はきっと存在しない。何故ならスザクは技術部で、スザクの代わりなど他に幾らでもいる。いち名誉ブリタニア軍人であるスザクは特定のKMFを操作するナイトメアパイロットとは訳が違うのだ。
「さぁ上がってくれ」
生徒会室には寄らなくて良いとスザクが言うのでルルーシュは直接にスザクを自分達の居住スペースへと案内する。リビングへと上がればナナリーや咲世子の姿はなく、妹が今日は医者の診察を受ける日であったことを思い出す。
「ナナリーと咲世子さんは病院だから今日は夜まで留守だが……良かったらスザク、うちで夕食を食べていかないか?」
すぐに本題に入る気にはなれなかった。これは極めて重要な話なのだ。冗談めいた調子で話してしまうことなど出来やしない。しっかりとスザクに理解し、納得してもらった上でナナリーの騎士になってほしいのだ。だからこそあまり急ぐのは賢明ではない。
「良いの?」
スザクは視線を上げてルルーシュと顔を見合わせる。きっと軍では友人とこうして過ごす機会など無かったのだろう。もしかしたら手料理を振る舞ってくれる彼女が居たりしたこともあったかもしれないが、現在彼にそのような浮ついた話を聞いたことはなかった。
「ああ、勿論だろう? 買い物に行く時間は無いから有り合わせのもので作ることになるけれど、咲世子さんが材料を切らせることなど無いだろうしな」
キッチンの方へと足を傾け冷蔵庫を開ければやはり色とりどりの野菜や肉、卵などの食材が綺麗に揃えられていた。
「何かリクエストは?」
冷蔵庫の扉を閉めながら顔だけをスザクの方へ向けて確認する。
「ルルーシュが作るものなら何でも」
「何だ? 張り合いがないな。そうだな……和食なんてどうだ?」
少し間を置いてからルルーシュは提案した。スザクの故郷である日本の和食。繊細な味わいや見目の美しさが世間でも高い評価を受けていたのはもう随分と前のことだ。今では敗戦国の文化として廃れてしまったそれをルルーシュは知っていた。日本人のメイドである咲世子に頼めば彼女は何でも用意してくれたのだ。
「え……でも作れるの?」
「ああ、勿論だ。材料だって問題ないぞ。味噌や醤油も咲世子さんが手製で作ってくれているからな」
日本の調味料は貴重なものだった。ブリタニアが敗戦国の文化など取り入れるはずもなく、日本らしさはこのエリア11から消えた。ゲットーに僅かに残る日本の面影だけがこの国がかつて日本と呼ばれていたことを証明しているかのよう。
「すごく嬉しい。和食食べるのなんて何年ぶりだろう……!」
スザクはニコリと微笑んでルルーシュへと近付く。ルルーシュは近寄ってくるスザクへと手を伸ばした。
「これからは時間がある時にでも家に来いよ……。だがそんなこと頼めないか……」
お前は軍人で、俺達はブリタニアから隠れて身を潜めている存在なのだから。そう続けると、スザクは一瞬息を潜めた。
「……ルルーシュ……」
ゆっくり瞬きするように瞼を臥せるスザクにルルーシュは優しく微笑む。
「仕方ないことさ。俺もナナリーもブリタニアに戻る気は更々無いし、だからといってブリタニアの支配下にあるこの土地で堂々と暮らすことなど叶わないのだから。ただ俺達は……何にも怯えずに暮らしたいだけなのに」
そう。そう願いながら一方ではゼロとして戦場に身を置く。そしてこのギアスという力がこのまま強まればきっともうナナリーやスザクと一緒に過ごすこすら出来なくなるだろう。
「ルルーシュ……僕は……」
「スザク、話があるんだ。夕食後に」
もし自分がこの箱庭から立ち去ることになったとしてもスザクがいればナナリーはきっと安心して生きていける筈だ。だからなんとしてでもスザクをナナリーの騎士に。
「……うん、わかったよ。とにかく君の料理、楽しみだよ」
スザクは微笑んで頷いた。
* * *
「すっごく美味しかったよ。ご馳走様」
「口に合ったなら嬉しいよ」
全ての料理を平らげ、今まで交わしていた談笑が途切れると、一瞬静かな空気が二人の間に流れた。
壁に掛かった時計の針が僅かな音を立てて時を刻む。向かい側に坐るスザクの顔へと目を向ければ、彼の翡翠が自分の姿を映し出す。その瞬間心臓が跳ね上がるようにどきりと鼓動が高鳴った。それを押し隠す為にルルーシュは平然を装って口を開く。
「……スザク、お前は軍を辞めるつもりは無いのか?」
多分きっとこの質問はスザクにしてみれば突然のものだったと思う。それでも確かめずにはばならなかった。本当にスザクがナナリーを護ってくれるかどうか。きっと彼はナナリーを護ってくれると信じている。だからこそもし予期せぬ返答が返って来たならば自分はどうしたら良いだろうか。
「……ルルーシュは僕に軍人を辞めてほしいの?」
「それは…………」
スザクの翠玉が、僅かに色を濁らせる。そうして細まる瞳に、ルルーシュは息を呑んだ。
質問に質問で返すのは自分の常套手段だ。しかし自分がそれを実際やられてみると調子が狂う。
「辞めてほしいの? それともそんなことを聞くなんて何か理由があるのかな?」
ねぇ、ルルーシュ。スザクは眉を下げて微笑を浮かべる。この表情が一体彼の何を表しているというのだろう。哀しげなようで、そして何かを試しているようなそんな表情だった。
「ねぇ、ルルーシュ……」
薄く目を細めたまま自身の名を囁かれ、ルルーシュは息を詰める。
「お前が心配なんだよ。技術部とはいえ軍人――戦争に関わることになるだろ?」
戦争というものが何か、自分達は良く知っている筈だ。七年前戦火を逃れ、何とか生き延びることが適ったのにスザクは再び……今度は軍人として戦に関わっている。
人が死に、そして死を目前とした人々は咽び嘆いている。そんな光景はもう二度と見たくない。あの時はそう思っていた。しかし今自分は――今度はその原因を創り出している。
そんな暗い闇の部分をスザクには見てほしくない。それでも彼はこの七年間そういったものに目を向け続けていたのだろう。だからこそ彼は強い。七年前も強かったがきっと今だって。
「……心配、してくれていたの?」
「……当たり前だろう? お前は俺の友達だ」
友人、そうスザクは唯一心から信頼出来る友人だった。自分達の境遇を知り、そして信じることの出来る友。そうであるは筈だった。
「うん、ありがとう。君は僕の大切な友人だ。七年前からずっとね」
「質問に答えよう」
ルルーシュは溜息を吐き出すと、ガタリと椅子から立ち上がった。スザクはルルーシュの動きをただじっと見守っていた。
「俺はお前に軍を辞めてほしい。俺はお前にナナリーの……騎士になってほしいんだ」
「…………ナナリーの、騎士に?」
スザクはその大きな翡翠を見開いてルルーシュをじっと見詰めた。そんなことを言われるなど全く予期していなかったのだ、と顔に書いてあるようだった。
「……そうだ」
「…………君は僕にナナリーの騎士になってほしいの?」
もう一度確認するようにスザクは繰り返す。ルルーシュはその問いに立ち上がったまま深く頷いた。
「ああ、お前にならばナナリーを任せられる」
「僕にナナリーを任せる……? 君はどうなんだ? 君が今まで七年間以上ナナリーを護っていたじゃないか! 何故今更僕に?」
答えは明白だ。自分の左目に宿る力はやがてはこの自分を食い尽くす。そうなればきっともうナナリーの傍には居られない。そうなってからではもう遅いのだ。
「……俺はもうすぐナナリーの傍には居られなくなる。このアッシュフォードにも。お前の傍にも。俺はもうこの場所には居られなくなるんだ。その時はすぐ傍まで迫っている」
ルルーシュ・ランペルージは消える。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアはとうに死んだ。最後に残るのは仮面を被り、真実を覆い隠す〝ゼロ〟だけ。それでもそれがいつしかルルーシュにとって絶対の真実となる。
時は近い。
もうゆったりと足を止めることは出来なくなるだろう。
「君は、一体何を考えているんだ? 何を企んでいる? 君が手塩に掛けて大切にしていたナナリーを僕に託して一体何処に行くつもりなんだ!?」
「さぁな。しかし解らないか? スザク、お前はこの学園に転入した。そのことによってこの学園は今、大きな注目を集めている。そんなところに匿われ続けるなんて少々無謀だとは思わないか? 皇族の兄妹が揃いも揃ってこの箱庭で過ごすなど。俺とナナリーもうは一緒には居られないんだ。ナナリー一人だけなら世間を欺くことが出来る。だが、二人揃っていれば見つかる可能性もそれなりに高くなるんだ」
そう、それは事実だ。死んだ筈の皇族が発見され、それも兄妹二人共々であればその事実を否定しようがない。しかしどちらか一方であればその事実を否認することが出来る可能性が残っている。
そしてその上スザクがナナリーの傍に居ればそれだけでかなりの不安材料が無くなる。ナナリーが幸せに暮らしてくれればそれ以外に願うものは何も無い。
「……僕の……所為?」
「そんな風には……言わないさ。お前の所為などではない。俺は、俺自身の意思によってこの鳥籠を去るんだ。決してお前に否なんてないよ。それよりもお前と生きて再会出来たことの方が嬉しいんだから」
ルルーシュはゆっくりとスザクの座る向かい側の席まで歩み寄ると、彼の手前で足を止めた。
「どうか、ナナリーを護ると言ってほしい。あの子は多くのハンデを負っている。だからこそお前の助けが必要なんだ」
そうして沈黙が続く。スザクは押し黙って考え込んだまま、視線を下げた。
「………………」
どれくらいの時が経っただろう。不安で不安で仕方が無かった。もし断られたら? 自分ならばどうなっても良いが、ナナリーに何かあれば死んでも死にきれない。今まで自分の命よりも大切にしてきた妹の人生を台無しにしたくなど無かった。
「……ルルーシュは、僕の意思などどうでも良いのかな?」
「……どうでも良くないから……頼んでいるんだ」
スザクの意思を尊重するからこそこうして願い出ているのだ、と説明したが、すぐにそれが事実ではないということに気が付く。自分はスザクにナナリーの騎士となることを強制させようとしているのだ。ギアスを使わないにしても友達、という言葉によって。
「ルルーシュ、ナナリーは僕にとって大切な人間だ。君と共に七年前は時間を共有し、そして……今また再会することの出来たかけがえのない存在だ。でも君だってそうだ。僕にとって君が無二の親友で、そして僕は……僕は、君のことが好きなんだ。それなのに……君は僕にナナリーの騎士になれと? 僕が一番護りたいのはナナリーではなく君だというのに」
ガタリ、と音を立ててスザクは立ち上がる。そうしてルルーシュの肩へと触れると、ぐっと力を篭めた。
「な、お前……ッ」
予想外のスザクの行動にルルーシュは小さく悲鳴を上げた。グイ、と壁に背を押さえつけられ、身動きを封じられる。スザクがまさか自分をそんな風に見ていたなど考えもしなかった。
「好きだよ、ルルーシュ。好きなんだ」
そう囁くその声はとても甘いもので、しかし彼の瞳は冷たくて暗かった。
「スザク…………」
「居なくなる、だなんて言わないで。僕の前から君が居なくなるなんて、もう、二度と……そんなこと……」
七年前、スザクとは道を違えた。彼は京都六家へ。自分はアッシュフォードへ。そして彼はいつしかブリタニア軍へと入り、自分はそのまま箱庭に匿われていた。しかし再び出会ったのだ。これは奇跡と呼ぶ以外に何と呼べば良いのだろう。出来ることならば自分だってこの場所を離れたくはない。だがもう後戻りは出来ないのだ。
「俺は……お前に……ただ……」
大切な妹と幸せになってほしかっただけなのだ。そう口にしようとした瞬間、ズキリと胸の奥が痛んだ。
最近たまに感じるこの動機は一体何だろう。そう、これは風邪などではない。もう既に答えは出ているのに、それを認めることは許されなかった。
「好きだよ、ルルーシュ。ねぇ、僕を見て……」
腕を背中に回されて抱きつかれ、ドキドキと高鳴る鼓動を止めることなど出来なかった。顔が熱くなる。服の上からなのに触れ合う場所はじんと熱を抱き始めていた。
「……ルルーシュ…………」
気が付けばスザクの手が、ルルーシュの頬を撫でていた。そしてその指先が濡れていることにも。
ぽたりと垂れ落ちる雫はルルーシュの頬を伝い、そしてスザクの指先に絡め取られる。
「泣かないで…………」
「…………スザク…………」
声が、震えた。
スザクはゆっくりとこちらへと顔を寄せる。ブリタニア人である自分達よりも少し幼い風貌をした彼の顔がルルーシュは好きだった。強く真っ直ぐに見詰める翡翠の輝きは今も昔もきっと変わらない。ルルーシュが憧れたスザクはきっとナナリーを護ってくれると信じていた。
どんどんと近付くスザクにルルーシュは思わず身を引こうとするが、背後は壁でその上スザクに両腕で押さえつけられているのだから逃げ場は無かった。
触れ合う鼻先同士が妙に焦れったい。吐息が触れ合い、そして重なった。
「……んっ…………!」
触れるだけのそれにルルーシュは思わず目を閉じて身構えてしまう。
柔らかく何度も啄むようなキスを重ねられている内にルルーシュは気が付けばスザクの背に腕を回して抱きついていた。早くこの胸を押し退けねば、そう頭では考えているのにこの心地の良さに、温もりに、縋りたかった。
「……ルルーシュ……」
「……スザク…………」
目尻から流れ落ちるそれを指で拭われ、ルルーシュは眸を開く。そうすれば眉を下げて心配そうにこちらを見詰めるスザクの眸が目に映る。
「…………ッ、好きだ……」
自然と、言葉が零れた。もう自分の気持ちに嘘を吐くことなど出来なかった。今まで散々嘘を吐き続けていた癖にどうしてだろう。どうして、こんな……。
「……お前の、ことが……好き……っん……」
再び口付けられ、今度は自分から応えるように薄く唇を開く。するとスザクの舌がぬるりと口内へ侵入してくる。それに恐る恐る自身のそれを差し出せば、すぐに絡め取られた。厭らしい音を響かせながらそれでも逃げることなくスザクと想いを通わせる。
「……んんッ、…………ッはぁ……」
しかし、どう考えても自分はこのままではいられない。もし、彼と共にあり続けたいと願うのならば彼に打ち明けなければならないだろう。――自分がゼロだということを。
しかしそれで拒絶されたらどうする? 既にスザクはゼロの誘いを断っている。それでもゼロが自分だと知ったらスザクはこの手を取ってくれるだろうか。
いつもなら何通りもの推測に基づいて結論を導き出せるのに、今回だけは結果が見えない。まるで霧に包まれた山奥に独り取り残されたような気持ちだ。
「ふ……っ、ん……ッ」
口内を動き回るスザクの舌に翻弄され、躯の力が抜けていく。いつの間にか膝が折れ、スザクに背を支えられることにより辛うじて立ち上がっている状態を維持していた。
「……ッ、スザク…………」
「君のことが誰よりも好きだよ。だから逃げないで。いや、逃げたって僕は何度だって君を捕まえてみせるから」
ぎゅっと抱きしめる腕を強められ、ルルーシュはゾクリと背を戦慄かせた。スザクがこんなにも自分のことを想ってくれていたなど思わなかった。そしていつの間にかこんなにも自分がスザクのことを好きになっていたなど気が付かなかった。
だからこそ、真実を話そう。そうでなければこのままずっと嘘を吐き続けなければならくなってしまう。だから、今なら、まだ間に合うかもしれないから。
「…………黙っていて済まなかった、スザク」
覚悟を決め、ルルーシュはスザクに告げる。スザクは顔を上げ、ルルーシュの顔を覗き込むようにして口を開いた。
「……何を、だい?」
真剣な表情はこれからルルーシュがスザクにと話す事柄が大切なものだと悟ったからだろう。決して気軽に話せることなどではない。これはルルーシュにとって命がけの真実なのだから。
「…………俺が、ゼロだ」
「…………知ってたよ」
「え…………?」
返ってきた返事は思いも掛けないもので、ルルーシュは瞠目した。狼狽えてはいけないと思うがどうしてもその驚きを隠すことは出来なかった。そんなルルーシュを安心させるようにスザクは穏やかな調子で告げる。
「気が付いて、いたんだ。確証はなかったけれど君がもしかしたらゼロじゃないか、って」
ニコリと微笑んでみせるスザクにルルーシュは思わず抱きついてしまう。
「…………スザク……ッ、知っていたのか……!」
「うん、そうだよ、ルルーシュ。ゼロの誘いを断って……勿論その時は全然そんな考えは無かったよ。でもその後の君の行動やゼロの言動を考えると……共通しているものがあったように思えた、とでも言えば良いのかな。だから……この間のお茶の時は……もしかしたら君が真実を話した上で僕に協力するように言ってくれるのかな、と思っていた」
その時はスザクの上司に邪魔をされたがルルーシュはスザクにナナリーの騎士になってほしいと伝えるつもりだった。しかしスザクはルルーシュに真実を話した上での協力を望んで欲しかったのだという。
これ以上の言葉があるだろうか。スザクが自分と、そして自分の化身であるゼロを同一視した上で認めてくれる。そんな幸せなことがあって良いのだろうか。
「…………お前が……俺に……協力してくれるというなら……きっと俺はもう何処にも逃げはしないと思う」
「逃がさないよ。絶対に」
――だから……
二人は互いに再び顔を寄せ合った。はじめから程近かった距離は更に縮まり、二人の間はゼロになる。
「…………ん、スザク…………これは、契約だ。お前と……俺の……命を掛けた……」
「……良いよ。解った……。だからルルーシュ、僕に君の全部を頂戴。ナナリーにだって渡しちゃ駄目だ。僕に……」
「ああ、許そう…………」
その瞬間、ルルーシュは肌が急に冷えるのを感じた。シャツの前が解かれ、そうして外気に触れた所為だ。
「っ…………」
肌を直に撫でられ、ぞくりと躯が震える。胸元へと指先を這わせ、そして冷たい空気に触れてツンと勃ち上がった胸の先へと触れる。刹那ピリと電気が走るような鋭い感覚を感じていた。しかしこれはきっと痛みなどではない。
「ん……、スザ…………」
キスを強請るように手を伸ばせば、スザクは再びルルーシュへの唇へと自身のそれを重ね合わせる。今度はすぐに深いものへと変化させていく。差し出した舌を触れ合わせ、そして深く呑み込んでいく。口端から唾液が垂れようが気になることではなかった。
その間相変わらず胸への愛撫を止めようとはしないスザクの指先はルルーシュを翻弄する。壁に触れる背がズルリと滑り、頭を打ち付けそうになるところでスザクに支えられる。そうしてふわりと躯が浮いた。
「大丈夫……?」
「あ…………すまない」
そのまま抱えられ、下ろされる気配を感じることもなく、ルルーシュは頭に疑問符を浮かべる。一体どうしたものか、と。
「君の部屋に行っても良いかな?」
それが一体何を意味しているのか解らないほど子供ではなかった。顔が熱くなる。これから何をされるかを思い浮かべ、そしてもうこの力強い手を手放せなかった。
「……好きにしろ……」
「イエス、ユア・ハイネス」
それはルルーシュというただ一人に従うという誓いの言葉。
「なぁ、スザク……譬えこの先に破滅しか無かったとしても、お前は付いてきてくれるのか?」
「僕はどこかで生きているだろう君とナナリーを護る為に軍人になった。そして父を殺したことを償う為に。でもね、君がゼロだというのならそのことは僕の中で矛盾する。君を護る為に君と戦うなんて馬鹿げているでしょ?」
「……そうだな。確かに矛盾している」
「だからもし君が嘘を吐かずに僕に本当のことを話してくれたら、迷わず僕は君に付いて行こうと思っていたんだ。シャーリーのお父さんのこと、それからクロヴィス殿下のこと……君は全て独りで背負っていたんだね」
全ては自分の責任だった。クロヴィスを殺したこともナリタでの戦いも後悔はない。それでも時々胸が痛くなるのは事実だった。しかし後悔してはならないのだ。それは今まで殺してきた人々への冒涜だから。
この足を止める訳にはいかない。前に進み続けなければ。
「俺はお前やナナリーが迫害されることなく笑って過ごせる優しい世界を創りたいんだ……。その為にスザク、お前の力が……必要だ」
「……皇帝を、倒すんだね……?」
「ああ、俺はそのつもりでずっと計画を練っていた。譬え刺し違えてでも、あの男を……俺の全てを否定し、奪い去ったあの男を……殺してやるッ!」
スザクはルルーシュをベッドの上に下ろすと、その上に乗り掛かる。そうして二人は至近距離で見詰め合った。
「…………世界を、変えよう。君と僕とが居ればきっとそれが出来るよ」
「…………ああ、スザク。勿論だとも」
話合えば解り合える。
二人で力を合わせて出来ないことなんて何一つ無い。
そう願って居ればきっとこんな風に結果は違っていただろう。
その選択に間違いも正しさもきっとない。
そんなことを決める権利なんてきっと誰にもないから。
なのにどうしてずっと気が付かなかったんだろう……。
もう二度と戻ることの出来ないあの時の別の選択肢を想って今を生き続けるしかないなんて。
「君に逢いたいよ……ルルーシュ」
Fin.